ドアを開けると、そこは広い玄関だった。・・・本当なら。
何しろそこには、スニーカーや革靴が散乱していて、足の踏み場がない。
靴は整然と並んでいるならまだしも、幾重にも重なって逆さまになって――

・・・えーと。
見ないふり、見ないふり。

そして廊下を進んで、リビングのドアを開けるとそこは。
真っ暗だった。

ジョーが何かを操作して、窓を覆っていたシャッターが上がってゆく。
それから、ブラインドの角度を変えて。
陽射しが入り込んでくる。

「凄い・・・」

広かった。

そして。

「・・・汚い」

ソファの上には、脱いだ衣類がかけてあり、床には車の雑誌がばらまかれたように散っている。
テーブルの上にはビールの空き缶や山盛りの灰皿。
テレビの前には、DVDが雪崩をおこしていて、コンポの前にはCDとMDの山ができていた。

奇跡的に無傷なのはキッチンだった。
だけどこれは、おそらく料理をしないという証明なのであって・・・

ジョーは無言で窓を開けて回っている。

ベランダは比較的広く、きっとちゃんと手入れをすれば綺麗な緑だったであろう植物がたくさんあった。
今は思い思いに雑草が生えていて、本来の主は茶色くなっていた。

「フランソワーズ?」

目の前でパタパタと手を振られた。

「生きてる?」

はっと目の焦点が合う。

「・・・掃除、しなくちゃ」

呆然とジョーの目を見つめ、うわごとのように言う。

「――え」

何故かひきつるジョーの顔。

「い、いいよ、そんなの」
「ダメよ!」

きっとジョーを睨む。

「こんなの、そのままにしてたら病気になっちゃうわ!!」
「病気、って・・・ひどいなぁ」

いじけたようなふりをしてもダメ。
そういう顔をする時は、何かヨカラヌコトを考えている時なんだから。

ともかく、片付けなくちゃ・・・と、ぱっとしゃがんで足元の雑誌を拾い集めた。

 

 

 

フランソワーズを抱き締めようとした両腕が虚しく空を切った。
一瞬、バランスを失ってよろける。

「っと」

フランソワーズはしゃがんで足元の雑誌を拾い集めている。

・・・かわされているのか、そうではないのか。
時々判断できない時がある。

両手の行き場に困って、頭を掻いてみたりする。

「ジョー?」
「えっ」

下からフランソワーズが見上げている。

「何?」
「この雑誌、もう読まないのかしら」
「読む」

即答。

「だから捨てない」

大体、何を言い出すのかはわかっている。
全く、オンナってすぐに何でも捨てようとするから油断がならない。自分のものは絶対に触らせないくせに。

くすっ。

フランソワーズが笑う。
何だかまるで、そこだけ陽だまりのように、ふっと空気が柔らかくなった。

「わかったわ。とっておくのね?」

よいしょ、と雑誌を持って立ち上がる。

「だったら、ちゃんとしまっておかなくちゃ」

有無を言わせず、両腕に雑誌を持たされる。

「二人ですれば早いわ」

少し首を傾げて微笑む。

ずるいよ、フランソワーズ。
僕がきみに手を伸ばせないようにして、そんな風に微笑むなんて。

すると、一瞬、頬に柔らかい感触。

「手伝ってね?ジョー」

・・・ああ、もう。
どうしてきみは僕の弱点を衝いてくるんだ。
もしかしたら、地上で最強の存在なのかもしれない。僕にとって。
何故なら、僕の弱点を一番良く知っているのはきみだから。ゼロゼロナンバー中、最強の僕の弱点を。

 

 

全ての部屋の惨状を目の当たりにして、既に諦観の笑みを浮かべるフランソワーズ。

いったい、何をどうしたらここまで散らかせるのかしら。

何日経っているのかわからない衣類を洗濯機に放り込み、洗面所のタオルを交換して。
そして――ひとり、思いに捕らわれた。

ここは本当に「家」なのだろうか?

中に入っても。
住む人を寛がせない。退廃的な空気が澱んでいる。

ジョーはここに、ひとりで・・・。

彼の放浪癖がそうさせるのか、それとも家の雰囲気が彼をそうさせているのか。

ともかく、このままじゃダメだわ。
ジャン兄さんの部屋もいつもこんな感じで散らかっていたけど、でもどこか温かかった。住んでいる人を迎えてくれた。
だけど、ここは違う。
寒くて暗くて冷たい部屋。
こんなところに、ジョーはひとりで・・・

一緒に来て良かった。

ゆっくりと唇を噛み締める。

ジョーには、居心地の良いのが「家」なんだっていうことをわかって欲しい。
そのためには。

そう、掃除よ!!そ・う・じ!!