「――腕時計」
腕時計?
おそるおそる、ジョーの腕から顔を離してみる。けれども警戒は怠らない。
何しろ、もしかしたら目の前にアレがつきつけられるかもしれないのだから。
過去の経験を無駄にはしなかった。
そうっと片目ずつゆっくりと離してゆく。
徐々に視界が広くなっていって――
「・・・ホントだわ」
「ね?」
目の前には黒い腕時計が掲げられていた。
「いつの間にかどこかにいっちゃっててさ。まさかこんなところにあるとは思わなかったよ」
どうして腕時計がシーツの中から?
疑問は山盛りだったけれど、ともかくほっとしてジョーの腕におでこをつける。
「――怖がりだなぁ。フランソワーズは」
笑いながら、ジョーが優しく髪を撫でる。
怖がりになった原因が、今までさんざんアレ関係でからかってきた自分にあるとは思ってもいない。
「もうっ・・・全部、ジョーのせいなんだから」
「何で?」
「何ででもよっ」
「ふうん?・・・でも、掃除をしなかったら見つからなかったわけだから、フランソワーズに感謝しなくちゃね」
「そうよ。いったいどうやって失くしたのか疑問だわ。シーツの中から時計なんて」
「それだよ。僕にもわからないんだ。――謎だよなぁ・・・」
のんびりと言う彼を見上げる。
「もうっ・・・謎なわけないでしょ?失くした時のことも忘れちゃったの?」
「うん。覚えてない。いつどうやって失くしたのかな」
「知らないわよ」
「だから謎」
「もうっ・・・しょうがないひとね」
くすくす笑う。
「でも、残ったシーツはここでは絶対に開かないでね。今度こそ本当に――」
アレがいるかもしれないから。
「・・・・っ」
ゆっくりと離れたお互いの口元を細い糸がつなぐ。
頬を真っ赤に染めて俯くフランソワーズはとても可愛くて――
「・・・ダメよ、ジョー。お掃除の途中なのに」
消え入りそうな小さな声で言うのも可愛い。
「掃除?そんなもの、待たせておけばいい」
髪を払い、目の前に現れた白い首筋へ顔を近付け――近付けようとしたら、顎をぐいっと押され、僕の首は90度違う方を向いた。
「いててて」
「もうっ。こういうことをするためにここに来たんじゃないわ」
頬を膨らませ、怒ったように言う。
怒ったように――怒っているのかな?
こういうことをするために来たのではないと言うけれど、だったら、一体どういうつもりで一緒に来たんだろう?
僕の疑問が顔に出ていたらしく、フランソワーズは更に言った。
「ジョーと一緒にゆっくりした休日を過ごせたらいいな、って・・・ただそれだけなのに」
「それは僕だってそうだよ」
だけど、フランソワーズ。
一人暮らしの男の部屋へ来るって事は、そういう事があるかもしれないって思っていなくちゃダメだよ。
知らない同士ではなくて、僕たちは――想いあっている者同士なのだから。
「だって、そんなの。・・・そんなの、そればっかり考えているみたいで・・・」
「そればっかり、ってそれはないよ」
高校生じゃあるまいし。それ以外のことだってちゃんと考えている。
――だけど。
「でも、せっかく二人っきりなんだよ?」
そもそも「二人で」過ごすはずだった旅行も、泊りがけなんだから、そういう事になる――とは思わなかったのだろうか?
「せっかく、って、そんな言い方嫌だわ」
「じゃあ、何て言えばいいわけ?」
「それは・・・」
言い淀む。
「・・・ジョーがそんなにエッチだなんて知らなかったわ」
「エッチ、って」
「だって、そんな事ばっかり考えているなんて」
「だから、ちゃんと他の事も考えてるって言っただろ?」
「他の事ってなに?」
「ええと、一緒に買い物に行ったりとか、出かけたりとか・・・」
「それから?」
「それから、・・・・」
「続かないじゃない」
急に言われたって、咄嗟に出てくるもんか。
大体僕は、フランソワーズが一緒に居れば何をしたって楽しいんだ。
「私はただ、一緒に居たかっただけなのに」
「それは、僕だってそうだよ」
「でも・・・さっきから隙あればって感じじゃない」
なんだか言い方にかちんときた。
「当たり前だろ?気にするものは何もないんだから」
そう言うと、驚いた顔で僕を見上げた。
「信じられない。ジョーがそんな事言うなんて」
きみと一緒に居て、邪魔するものが何もなくて。
そんな状況で一体何を我慢しろと言うんだい?
「・・・そうね。やっぱり、ここに来てはいけなかったのね。だって、ジョーはそういう事ばっかり考えているみたいだもの」