「言わないでおこうと思ったけど・・・リビングにあるDVDの中に、エッチなのがいくつもあったわ」
「そんなの、誰だってそうだよ」
「そうかしら?お兄ちゃんの部屋にはそういうのはなかったわ」
「きみに見つからないように隠しているだけだろ」
「違うわっ。そういうのは見ないのよ」
「見るに決まってるだろ。男なんだから」
「あなたと一緒にしないで」
ジョーが一瞬、言葉に詰まる。
「なんだよ、その言い方。俺だけがまるで酷い男みたいじゃないか。大体、あのDVDだってジェットのなんだぜ?俺のじゃない」
「でも見たんでしょ?」
「ああ、見たさ!それがどうした」
この時の私たちを表わすとしたら――売り言葉に買い言葉。まさにそれだった。
「酷いわ。不潔よ、ジョーのばか!」
「酷いのはそっちだろ?こんなの、誰だってやってる」
「ジョーはそういうひとじゃないと思ったのに」
「そういうひとなんだよ。残念でした!」
頬を紅潮させて言い合う。お互いに一歩も引かない。
「――帰るわ!」
「ああそう。勝手に帰れば?」
ジョーの腕を強引に引き剥がし、彼を後にしてリビングに戻る。
荷物と上着を抱えて、そのまま玄関に向かう。
まだそこまで掃除の手が伸びていない玄関は、靴が散乱していて酷い有様だった。
靴を履くのももどかしく、ドアに手をかける。
ジョーは――追っても来ない。
手をかけたまま、数秒だけ待ってみる。
もしかしたら――加速しているのかもしれないし。
でも。
そんな期待はしてみるだけ無駄だった。
ジョーの姿は影も形も見えず、私は唇を噛むと外に出た。
エレベーターで降りていく途中でも涙が滲んで視界がぼんやりとしている。
でも、悔しいから絶対に泣かない。
ジョーのばか。
私はただ、・・・ジョーと一緒に居たかっただけなのに。
ただ、手を繋いでいるだけで。
ただ、隣に座っているだけで。
ジョーと一緒に笑って、ジョーと一緒に泣いたりして、映画を見たりしたかった。
それだけで良かったのに。
どうして?
私の事を、そういう対象としか見ていないわけでもないでしょう?
それでも、彼の部屋にあったアダルトなDVDや雑誌のことを考えると悲しかった。
私は、ああいうものと同じに見られたのだろうか?
エレベーターが一階に着いて、エントランスにある扉の手前で立ち止まる。
鍵を持ってない――指紋認証だから、登録していなければ中には絶対に入れない――から、ここを出たらもう戻っては来られない。
振り返ってみる。
ジョーは来ない。
追ってもくれない。
鼻の奥がつんとして、涙が滲みそうになるのを堪える。
絶対に、泣かない。
そして、一歩外に出た。
もう戻って来られない。
フランソワーズが出て行った時、後を追いかけようかと思った。
が、やめた。
大体、こんなくだらない理由でケンカになるなんてどうかしてる。
僕は綺麗に片付けられたリビングを見回し、ため息をついた。
こんなに綺麗に片付いているこの部屋を見るのなんて、何年ぶりだろう?
ミッションとか、仕事とか――ここには殆ど帰る時がないから、帰ってきて寝れさえすればどうでもよかった。
家具にも愛着なんてないし。
大体、買ったときに色々選ぶのが面倒で、全部コーディネーターに任せたのだ。
だから、自分の趣味は全く反映されていない。
でも、それで構わなかった。
ソファに座り、煙草に火をつける。
――フランソワーズ。
やっぱり、連れてなんか来るんじゃなかった。
だけど、せっかくの休日を――しかも、何も誰も邪魔することのない、二人で一緒の休日だ。なのに、別々に過ごすなんておかしいじゃないか。
ただ一緒に居たかった。
彼女が居るなら、僕はどこに行っても何をしても楽しい。
フランソワーズの顔を見るだけで。
声を聞くだけで。
一緒に笑って、一緒に泣いて――戦場ではない、平和な街で。平和な時間を過ごしたかった。
ただそれだけだったのに。
・・・キスをしたのがそんなに悪いことだろうか?
だったら、彼女に指いっぽん触れずに過ごせばよかったのだろうか?
肩を抱くこともしない。
手も繋がない。
隣にくっついて座ることもしない。
――そんなことができるわけがない。
可愛くて可愛くて・・・ずうっと抱き締めていたいのに。
それが悪いことだろうか?
煙草一本分、自分の行動を反芻してみる。
・・・僕は、何も悪いことはしていないぞ。抱き締めて何が悪い。
煙草を消すと立ち上がった。
彼女はいったい、いまどこにいるのだろう?
――部屋の外で泣いているだろうか?
それとも・・・もうギルモア邸に帰ってしまっただろうか?
いずれにしても、この建物から一歩外に出てしまえば、彼女は二度とここには入って来られない。
インターホンを押して、僕が内側から開けてやらない限り。
他の住人が入る時に一緒に入るというのもできない仕組みになっている。
何しろ、一番最初の扉が指紋認証なのだから。
そこを突破できても、連動していない扉が三重になっていて、いちいち操作しなければ開けられない。
絶対に入って来られないのだ。僕が迎えに行かない限り。
――フランソワーズ。こんなくだらないケンカで、僕たちは休日を別々に過ごさなくてはいけないのかい?