考えていなかった訳じゃない。
ジョーに触れられるのがイヤという訳でもない。
私だって、男のひとの部屋に行くということがどういう事なのかくらいは知っている。
ただ。
ソレだけ。
ソレばっかり。
と、いうのが嫌だった。
もちろんジョーはあからさまにそういう態度に出ていた訳ではないけれど、だけど・・・。
ジョーのマンションを出てから、特にこれといったあてもなく歩いていた。考え事をしながら。
気付いたら、目の前には大きなスーパーがあった。
ジョーの部屋の殺風景なキッチンが脳裡をよぎる。
――あんな冷たいキッチンなんて。
私はスーパーへ歩を進めた。
ジョーがとういうつもりなのか・・・なんて事はわからない。
だけど、私は彼が好きだし、彼も私を思ってくれていることはわかっている。
あの事故で、自分の心に自信を持つことと、相手を信じることを学んだ。
だから、ジョーの気持ちを一片だって疑う事はなかった。
ジョーがどういうつもりでいるのかはわからないけれど、根底には私に対する気持ちがちゃんとあるはず。
だとしたら、彼が私に触れたいと思うのは、私をアダルトなDVDや雑誌と同等に見ているのではなくて、愛情があるのに違いなかった。
どういうつもりなのか・・・って、私こそ、どういうつもりでいたんだろう?
食品売り場を巡りながら、カートのカゴの中に目に留まったものを次々と入れてゆく。
――もうっ。
フランソワーズのばか。
ジョーが、二人っきりになったからってそういうコトばっかり考えているわけないじゃない。
私がイヤって言えば、何もしないわ。
それに、ジョーに触れられるのが嫌な訳でもないでしょう?
だって・・・私だって、ジョーに触れたいもの。
ジョーの褐色の瞳を思い出して――頬が熱くなった。
――やだもう。
こんなに好きなのに。どうしてケンカなんてしちゃったんだろう?
泣きたくなってくる。
でも、泣かない。
だって私は――ジョーにちゃんと「家」というのがどういうものか教えてあげなくちゃいけないんだもの。
彼の部屋を見た瞬間にそう決めていた。
あんな寂しい部屋に帰っちゃ駄目よ。せめて・・・部屋の主を暖かく迎えてくれるような、ほっとするおうちじゃなくちゃ。
だから私は、ジョーの部屋に帰る。
フランソワーズがいない。
いったいどこに行ったものか、全く見当もつかなかった。
ここへ来る途中、道の説明なんかしなかったから、おそらく何もわからないに違いない。
いくら彼女には目があるといっても、日常生活で自分から使うわけがないんだ。
ともかく、マンションの周囲をぐるぐる探す。
どこかで道に迷っているのかもしれない。
帰るにしても、最寄り駅までは遠い。途中でタクシーを拾うにしても、流しの車なんて通らない道ばかり。
――フランソワーズ、ごめん。
僕はやっぱり・・・きみと二人っきりで出かけるという事に浮かれていたみたいだ。
これじゃ、あの事故の時と同じだよね。
あの時、冷静な判断ができなくて、きみに傷を負わせてしまったのに、全然、学習していない。
だけど、本当に嬉しかったんだ。
いつもは、周りに誰かがいて、人目を気にしてばかりだったから――それを今日は何にも気にしなくてもいいんだ。
だから、つい・・・
でもそれはダメだよね。
きみの気持ちを全然考えていなかった。
ひとりであの部屋に居てわかったんだ。
きみが出て行ってから、・・・なんて寒いんだろう、って。
今まではそんなことには気がつかなかった。帰って寝る場所があればいいくらいに思っていた。
だけど今日、きみが来てからは空気が違っていた。――単に、掃除をしたからという訳じゃないぞ。たぶん。
このままきみが戻らなかったら、僕はあそこに独りで居るしかない。
そんなの無理だ。
嫌だ。
きみと一緒じゃなかったら、意味がない。
一向に見えないフランソワーズの姿。
大きくため息をつくと、地下駐車場に向かった。
もしかしたら、どこかでタクシーをひろって、とっくにギルモア邸に帰っているのかもしれない。
そして、彼女に会えたらちゃんと謝って、そして――
ストレンジャーに乗り込んだ時、携帯電話が振動した。
ああ、そうだった。
電話するという手があったじゃないか。
信じられないことに、僕はずっと携帯電話の存在を忘れてしまっていた。
そんなに動転していたのかと、自分でも可笑しくなる。
冷静なつもりでいたのに。
相手が誰かも確かめず、耳に当てる。
ともかく、早くフランソワーズに電話したかったから、どこの誰かも知らない通話はさっさと終わらせるつもりで。
「もしもし?」
「――ジョー?」
「え、フランソワーズ?」