「フランソワーズ!!大丈夫かっ」

何てことだ。歩道の脇のガードレールに寄りかかるようにしてフランソワーズがぐったりしている。
車を乗り捨てて、僕は彼女の元へ走った。

フランソワーズ!!

「しっかりするんだ、フランソワーズ」

彼女に屈み込み、抱きかかえるようにして周囲に目を走らせる。
いつ何があってもいいように、上着の内ポケットに入っているスーパーガンに手をかけて。

「ジョー、もうだめ・・・」
「しっかりするんだ!」
「だって、重くて・・・もう限界なの」

重い?

「いったい、何を言って――」

周囲に気を配りつつ、改めて腕の中の彼女に注意を向ける。

頬が少し赤いけれど、元気そうだった。――ケガはないようだ。
良かった。
ぎゅうっと抱き締める。

「フランソワーズ、無事で良かった」

もう離すもんか。
こんな思いをするのは、もう御免だ。

「ジョー、みんなが見てるわ」
「構うもんか」
「でも」

そうだった。
彼女の気持ちをちゃんと考えようと誓ったはずだったのに。
全く、僕はちっとも学習していない。

「あ、ゴメン」

ぱっと両腕を離す。

「ゴメン・・・」

さっきの事も含めて。

「え、あ・・・ううん。そうじゃなくて。その、・・・みんなが見てるから」

小さく言って俯いてしまう。

「・・・ジョーが嫌ってわけじゃないわ。むしろ逆だもの」
「逆、って・・・」

上着の裾を掴んで。

「もう・・・意地悪」

何が意地悪なのか、いまひとつはっきりしなかったけれど、ともかく彼女は無事だったのでほっとした。
だけど、ともかく――早くここを離れなければ。
いつまた敵が彼女を狙うとも限らない。

「フランソワーズ、立てる?」
「ええ」

手を差し出した僕につかまり、立ち上がる。

「早くここを離れよう」
「ええ、でも待って」
「ダメだ。いつまた敵が――」

ぐいっと腕を引くと、きょとんとした顔で見つめられた。

「敵?敵ってなんのこと?」
「なんのこと、って――敵に襲われたんだろう?」
「誰が?」
「きみが」
「いつ?」
「いま」
「・・・襲われてないけど?」

もう一度、彼女の姿に目を走らせる。
どこにも格闘の後はない。少し頬が赤いことを除いては。

「でも、助けて、って・・・」
「ええ。ジョーが来てくれなかったら大変だったわ。――見て」

 

フランソワーズが辺りを示す。
僕は――笑っちゃうけど――彼女に言われるまで、周囲のことは目に入っていなかった。
探していたのは敵の姿だったし、非日常的なものがあるかどうかだけに集中していた。
だから、僕たちの周りにあるものになど、全く注意していなかったのだ。

「気がついたらこんなことになってたの。もう、重くて重くて――ここまで出るだけでも大変だったのよ?」

 

 

助けて、なんて言ったかしら?

心の中で首を傾げる。

迎えに来て、とは言ったけれど・・・

そう思いながら、ジョーに周りにあるものを示す。

「・・・なに?コレ」

呆然としたまま動かないジョー。
ああ、絶対に呆れているわ。

「気がついたらこうなってたの」

そう、ジョーの殺風景なキッチンを思いながら歩いていたら、つい――何もかもが足りてないような気がして、目に付くものを片端から入れてしまっていたのだ。

「こうなっていた、って・・・」
「ごめんなさい。驚いたわよね?」
「――ああ。別の意味で」

そう言うと、ジョーは大きく息を吐いて――よろけた。

「ジョー!!大丈夫?」

思わず身体を支える。

「ああ、大丈夫。――安心したら気が抜けた」
「安心、って・・・?」
「きみが何者かに襲われたのかと思って、気が気じゃなかったよ」
「ごめんなさい。ちゃんと説明すれば良かったわね」
「いいよ、僕が勝手に勘違いしただけだから」
無事で良かった――と繰り返す。

「・・・ごめんなさい」
「いいって。無事だったんだから」
「そうじゃなくて」
「んっ?」
「・・・帰るなんて言って、私・・・」

ジョーがあの部屋に一人で居るのかと思うと堪らなかった。

「一人にしてごめんなさい」
「それは僕の台詞だよ」
「でも」
「いいって。――それより、この荷物は一体なに?」
「・・・ごはん、作ろうと思って」

周りにあるのは大量の食材だった。
生鮮食品から、冷凍食品に各種調味料とスパイス。
それから、お米とパスタとおそばと小麦粉とパンと――

気付いたのはレジでだった。
本当に、考え事をしながら――ジョーのことを考えながら――食品売り場を見ていたら、こうなっていたのだった。

LLサイズの袋4つぶん。
しかもどれも凄く重くて。
エコバッグを持ってきていれば、肩にかけて持つこともできたのにと悔やまれる。
いくら筋肉を強化されているとはいえ――この重さを両手に持ってジョーのマンションまで行くのは凄く困難に思えた。
だからつい、ジョーに電話をしていた。
重さだけならまだしも、不定形に詰まったひとつひとつの荷物は、片手に二個ずつ持ってもお互いにぶつかりあってひどく歩きにくかった。
ともかく店舗から出るだけで精一杯だった。

「――ごはん?」

ジョーがびっくりしたように言う。

「外に食べに出ようと思っていたんだけど」
「だめよ、そんなの。――ちゃんと、おうちで食べなくちゃ」

おうちでごはん。

そんな簡単な事も、きっとジョーにとっては簡単ではなかったのだから。

「でも、あんまりこっちには帰って来ないし、そんなに買っても無駄になると思うよ?」

困ったように言うけれど。

「ジョーは何が食べたい?」
「え?」
「今日は何でもリクエストに答えるわ。そのためのお買い物だもの」

困ったように言うのが、照れ隠し――というのはちゃんとわかっていた。
だって、目が嬉しそうだもの。