「日傘」
「いってきまーす」 「あら、ジョー。どうしたの」 するとジョーは怒ったように右手を差し出した。 「忘れ物っ」 怒っているみたいに言う。 「忘れてないわ。要らないもの」 午後二時。 通りには全くひとけがない。 ほら、とジョーがパラソルを押し付ける。 「邪魔だからいらない」 私はそれを押し返す。 「強情っぱり」 お互いの額から汗が流れた。 暑い。 二人の間に流れてゆく蝉の声。 「お前はこうしてお姫さまに傘をさしかければいいだろ。従者のようについて歩けばいい」 ピュンマはやれやれと言うと手を振って去っていった。 私の隣には、ぽかんとパラソルをさしているジョー。 「行きましょう、警護のひと」 心配性で過保護でおせっかいの。 「うーん。…まぁ従者よりいいか」 でも、それがなくなったら寂しくなってしまう。 私はジョーと一緒に歩き出した。 「でも本当に日焼けしないのよ。人工皮膚なんだし」 「あのね、フランソワーズ。この前のメンテのこと忘れてる」 「?」 「日焼けする人工皮膚。科学も医学も進んでるんだ」 「えっ、ヤだジョー!」 「だから要るだろ、コレ」 「足りないわ、日焼け止めと美白クリーム買わなくちゃ!!」 「はいはい」
―1―
そう言って、残暑厳しいなかに踏み出してから数分。
そのひとは突然目の前に現れた。
握られているのは紺色のパラソル。
……みたい、じゃなくて実際に怒ってる?
「駄目だ。日焼けする」
「しないわよ」
「する」
「しません」
「するったらする」
「しませんったらしません」
ああもう、どうして私たちはこの炎天下で睨みあっているのだろう。
「いいから、使え」
「おせっかい」
「頑固者」
「過保護」
再び睨みあう夏の日。
「なにやってんの、きみたちは」
そんな私たちの間に割って入った褐色の腕。
ジョーの手からパラソルをもぎとると、それをさっと広げてジョーに持たせた。
「えっ」
「お姫さま、それなら文句ないな?」
「ええ、まぁ…」
そういえば図書館に行くと言ってたっけ。
雨じゃないのに相合い傘みたいなのって妙だけど。どうせ往来には誰もいない。
「えっ、それって僕?」
「そうよ」
私の大事なひと。
―2―
当初の予定を変更して、ドラッグストアに入った。なぜか一緒についてくるジョー。用もないのに。 「ところでジョー?」 店の外に出ると、ジョーはまるでそれが義務のように再びパラソルを開いて私を陽射しから守る。 「どうしてそんなに私の日焼けを気にするの?」 ジョーが咳払いをする。 「――言ったろ?人工皮膚の関係だ、って」 そうだけど。でも。 「…それだけの理由で走って追ってきたの」 ジョーの顔を見るとそれを避けるようにジョーは向こうを向いてしまう。 「…ジョー?」 きまってるだろ、と怒ったように言う。が、これは――怒っている声では、ない。 「ジョーォ?」 困ったように詰まったジョーは、早口でごにょごにょと何かを呟いた。 「――ま」 パラソルを無理矢理私に持たせると、ジョーは走って――そのまま消えた。 『…フランソワーズの白い肌が好きなんだよっ』 「――ふふ。ばかね、ジョーったら」 空はどこまでも蒼かった。
―3―
目的のものを買い終えたところで、傍らに所在なげにたたずむジョーに目を向けた。
「うん?」
「えっ……」
「今まで海に行ったときも気にしてなかったのに」
「それは」
「…確かに」
「う」
「――うるさいな。それだけの理由だよ」
「し。知らないよっ」
「ジョー?」
「だから、それはっ…」
「う、うるさいな、もういいだろ自分で持て」
私はパラソルをくるりと回した。