「膝の上」

 

 

 

 

「――発進する。みんな配置についてくれ」

009の声に、操縦席付近に集まっていたゼロゼロメンバー達が各々の席へと散ってゆく。

――と。

「003。君もだ」
「イヤ」
「ダメだ。001と博士のところへ」
「イヤ!!」
「フランソワーズ!」
「イヤよ。ここにいる」

そう言って009の首に腕を回し、びくとも動かない。

「・・・フランソワーズ」

諦めて、操縦桿から手を離す。
こんな状態では発進できない。

膝の上に003を乗せたままでは。

 

***

 

003は009の膝の上で、安心したように静かになっている。
彼の首に腕を回し、肩に頭をもたせかけ目を閉じて。

普段、みんなの前でこういう行動をとらない003だったが、今回は別だった。
その証拠に003と009をからかう者はいない。
全員がこの光景をただ見守っている。
出発が遅れても誰も何も言わなかった。

全ては今回のミッションに起因する。
003が敵の手に落ちた。
すぐに解放されたものの、実は強い催眠をかけられていたのだった。
薬物の投与も受けていた。
それを知らず、彼女と共に戦った結果、多大な被害を受けた。
もちろん、009も例外ではなく、むしろ最も被害にあったのかもしれなかった。
その間の事を003は全く記憶していない。
自動的に脳内で全て強制消去されていた。
すぐに博士から拮抗剤の投与を受けたものの、今度は急速に記憶が戻り始め
混乱し、記憶障害を起こした。
一時的なものであり、心配はないというものの
「自分は009を傷つけたのかもしれない」
「009とずっと離れていたのかもしれない――何ヶ月も」
と思い込み、全く009のそばから離れなくなった。
まるで子供のように。
また、自分の記憶が錯綜していることに対する恐怖心もあった。
薬物の効果が完全になくなるまでの間、繰り返される躁状態とそのあとにくる極端な欝状態。
それらは、薬物効果の深度が変わる際に生じる段階であるため
ギルモア博士といえど防ぐ手立てはなかった。
だから、009は全てを引き受け003のそばを離れることは無かった。
ミッションが完遂されるまで。
003は009がいなければ不安感と恐怖感に包まれ、動けなくなってしまう。
そんな状態だったから、ふたりはミッションの後始末が他のメンバーの手に依って
完璧になされるまで、ドルフィン号で待機せざるを得なかった。
幾日も続いた「後始末」もやっと終了したのが数時間前だった。

発進準備が整うまでの間、009は仕方なく自分の膝の上に003を抱いていたのだが
準備が整ってからも、003はそこから離れようとはしなかった。

 

***

 

困った。

これでは発進できないし、操縦だって無理だ。

かといって、彼女を自分から引き剥がすのも無理な話だった。

「――ジェット」

首を巡らせて002を手招きする。

「おう――何だ」
「代わってくれ」
「えっ?」

009の方に向かいかけていた002は、空中に片足を上げたまま固まった。

「じ・・・冗談じゃねぇっ、無理無理」

両手をひらひらさせて、そのまま後退する。

「俺に003のお守りが務まるかよっ」

「ば。――違うよ、002」

009はため息をつくと、よっこいしょと003を抱き上げ立ち上がった。
003は一瞬びくりと身体を震わせ、そうして更に009に寄り添った。

「――大丈夫。離れないよ」

003の耳元に優しく囁いてから、改めて002の方を向く。

「操縦を代わってくれ」
「あ・・・なんだ」

おどかすなよ、とブツブツ言っているのを横目に、009は003を抱いたままデッキを後にした。

「どこ行くアルね」
「――うん」

ドアが閉まる一瞬、肩ごしに振り返り、

「――あやしてくる」

妖しい笑みだけを残し・・・消えた。

 

***

 

静寂。

「オイオイオイ。何だよ今の」
「意味深だなぁ」
「意味深というよりアカラサマじゃないか」

考え込む一同。

意識は当然の事ながら、閉まったドアの向こうに集中する。

「・・・とりあえず、帰ろうや」

「そうだな」

002が操縦桿を握る。

「――っと。揺れないようにしてやった方がいいのかな」
「・・・さあ?」
「いんじゃね?」

ともかく――そうっと静かに発進し、ドルフィン号は滑らかに空に昇った。

 

***

 

009と003がどう過ごしていたのかは・・・

以後、ソノ件には誰も触れなかったので未だ不明のままである。

 

 

どう過ごしていたのかは大人部屋にあります。

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