―3―

 

「……そう言えば、さっきの質問だけど」


なのにジョーは、自分からその話を蒸し返した。

「どうしてそんなこと知りたいのか、わからないけど」

うーむと唸る。

「言ったほうがいいのかなあ……でも、かっこ悪いしなあ」

ぶつぶつ口のなかで唱えている。

いま、彼の頭のなかには過去の記憶が甦っているのだろう。そして、私に伝えてもいいこととそうではないことを取捨選択している。
言うなら全部言って欲しいのに。

「うーん……これを言うとがっかりするよなあ」

私ががっかりするようなこと?
だったらちょっと待って、ジョー。言わなくていいから。

「ジョー、ま」

待って、と彼に言いかけるより早く、ジョーは言いにくそうに口を開いていた。

「……まあ、別に隠すことじゃないか。うん」

こちらを向いて、少し照れくさそうに微笑んだ。

「その……僕は他の女性とキスしたことはないんだ」

嘘だ。
だって、まゆみさんは?
付き合っていたんでしょう?

「ん。その顔は疑ってるな?」
「だって、ま」

まゆみさん――が。

「うん。彼女、ね。みんな誤解しているけど、彼女とはそんなんじゃないんだよ」
「でも、」

昔の女……って。

「恋人でも彼女でもないよ。残念ながら。……まぁ、強いて言えば憧れのひとだったってとこかな。それだって随分昔の話だけど」

わかった?とジョーは困ったように笑った。
今日のジョーはなんだかずっと困っているみたいだった。
その原因を作ったのは私だけど。

「だから、キスの経験ってないんだ」
「……」
「あ、でもファーストキスはしたよ。……ええと、随分小さい頃だったけど。確か……施設にきていた保母さんだったかな」

ジョーは大事な思い出を話すように少し目を細めた。頬が微かに朱に染まる。

「でもそれ以外はないんだ。そういうの、男としてはどうかなって思うけどね。甲斐性の無い証明みたいだろ?」
「でも……」

ジョーのキスは、初心者とは思えない。

「まだ訊くのかい?……僕って信用ないんだなあ」

あははと屈託無く笑うジョー。
まっすぐ私を見る褐色の瞳。いつものように、言葉よりも饒舌だ。

だからわかってしまった。

優しい笑みを浮かべているけれど、こんな質問をした私に酷く傷付いているって。

そうよね。
私の他に何人とキスしたのなんて訊いたら、傷付くわよね。

もしもジョーが私に同じ質問をしたら、私はどんな気持ちになっただろう?


そう思うと、深い自己嫌悪に陥った。


ジョーのキスが気持ち良くて安心するからって、それは彼が経験豊富というわけじゃない。
それはジョーの持って生まれた特性で、そして……それを知っているのは私だけ……
そうジョーが言うのなら、それが真実に違いない。


「……ごめんなさい」


私はジョーの首に腕を回し、彼を抱き締めた。