新ゼロ「月夜」
「僕はちゃんと言ったよ」 ある日のこと。 ジョーの頬がみるみる紅潮してゆく。 「君以外のひとに言うわけないだろ」 砂漠事件の後も王女事件の後も世界会議の後も…数え上げたらきりがなくて、なんだか切なくなってきた。 「…君に言っても無駄か」 ああもう、意味がわからない。 「ともかく、僕はちゃんと言ったから」 そう諦め顔で言い放ち、言った言ってない戦争は終わった。 残された私はただ悲しい気持ちを持て余すしかなかった…の、だけど。 後に知った。 まったく、ジョーって仕方ないひと。わざわざ伝わりにくい言葉にしなくてもいいのに。 「フランソワーズ、月が出てるよ」 ジョーが空を見る。 「月が綺麗だね」 私たちは、たぶんこれでいい。
いつものようにいちゃいちゃしていた時、私がジョーにちゃんと言葉にしないと伝わらないわよと言ったひとことがきっかけで
私たちは言った言ってない戦争に突入したのだった。
「いいえ。聞いたことないわ」
「言ったよちゃんと」
「ふうん。それって相手は私だった?」
「なっ…なんてこと言うんだ!」
ふん。怖くなんかありませんからね。
大体ジョーは色んなことに無自覚すぎる。自分が異性にどんな影響を及ぼすのか、これっぽっちも考えてない。
これなら、多少自惚れているくらいのチャラい男性のほうがまだましだわ。
「だって私、聞いてないもの」
もちろんジョーに他意がなかったことはわかっているけど、でも。
恋人に愛を囁いたことがないってどうなのよ。
「何よそれ」
「走れメロスをギリシャ神話だと信じてたひとだしな」
「だって、まぎらわしいじゃない。それに日本文学は難しいのよ…って、いまそういう話じゃないでしょう」
「そういう話なんだよ」
「わからないわよ、もう」
私はジョーがこう言う時は彼のそばに寄り添うことにしている。
「ふふ。明日も明後日も変わらないわね」
うん。きっとね」