「バレリーナになる夢が叶ったのかどうか、って?」
「ええ、そう」

フランソワーズはこくんと頷いた。頷いて――不安そうにジョーを見た。
ジョーはじっとフランソワーズを見つめ、そして言った。

「そんなことは」

そんなことは――自分で決めろ。

そう冷たく言われるのに違いない、とフランソワーズはぎゅっと唇を噛んだ。
ジョーの険しい瞳を見ればわかる。彼はきっと、こんな甘えは許さない。
だからやはり――自分が想像したのと同じ事を言うだろう。

「――そんなことは、フランソワーズの気持ち次第だと思う」
「えっ?」

気持ち?

自分で決めろ、ではなく――気持ち?

「叶ったと思うなら、叶ったのだろうし、そうでないと思うなら、そうじゃないんじゃない」

禅問答のようなジョーの言葉にフランソワーズは首を傾げた。

「・・・だから、さ」

ジョーは照れたように笑うと、フランソワーズの頭に手を置いた。

「フランソワーズ自身が、自分はバレリーナになった。と思って満足しているなら、夢は叶ったって言えるんじゃないかな」
「――満足」
「そう。満足」

今の自分に。

自分の夢はバレリーナになること。その夢は――叶ったのか、そうではないのか。

ずっと夢だった「ジゼル」の主役を踊った。
だから、叶ったといってもいいのかもしれない。

「・・・ジョー。私」


――でも。


「バレリーナにはなれたと思うから、夢は叶ったと・・・思うわ」
「そうか」
「でも、・・・まだスタートしたばかりだから、叶ったのはバレリーナに「なった」ということだけだわ」
「うん?」
「叶ったけれど、満足したらそこでおしまい、でしょう?」
「そうだね」
「私って欲張りなのかしら。まだ全然――満足してないのよ」

ジョーの手がフランソワーズの肩に滑り降りた。

「だって、まだ「ジゼル」を踊っただけだもの。私が目指すバレリーナには、まだまだ全然足りないわ!」

そうよ、そうなんだわ――と熱く語るフランソワーズに、ジョーはくすくす笑いだした。

「なあに?ジョー」
「うん?・・・君らしいなあと思ってさ」
「私らしい?」
「うん」
「どんなところが?」
「未来を見つめているところ」

思えば、自分はいつも振り返ってばかりで未来なんて見た事は無かった。
未来なんてものがあるとも思えなかった。
自分の進む先には、ただ混沌とした闇があるばかりだと――思っていた。

「いやね、ジョーったら。私はそりゃ色んなものが見えますけどね、未来までは視えなくってよ?」

くるくる変わる蒼い瞳。
先刻までは心細そうに不安な色を湛えていたそれが、今は強い光を帯びていた。
きらきら煌く双眸に射られ、ジョーはふと目を逸らせた。

「・・・そういう、意味じゃないよ」
「未来が視えたら面白くないでしょう?」

しかし、フランソワーズはジョーの顔を両手で挟んでそれを許さない。

「ジョーはレーサーになって、F1パイロットになって、ワールドチャンプになって、それから・・・ともかく、まだまだ目標があるんでしょう?」
「・・・まあね」
「ほら。ジョーだって未来を見つめているんじゃない」
「・・・そうかな」
「そうよ。――欲張りなんだから!」

そう――どんどん欲張りになってゆく。
ひとつ叶ったら、もうひとつ。
それが叶ったら、さらにもうひとつ。と。

「私も欲張りになってもいい?」
「いいよ」
「だって、まだまだ踊りたいものがたくさんあるの!」
「うん」
「それがまだ叶ってないもの。だから、私の夢は半分叶って半分叶ってないのよ」

フランソワーズはジョーの額に自分のそれをくっつけた。

「・・・欲張りだと思う?」
「全然」
「ジョーも欲張りだものね?」
「うん」

フランソワーズは誤解している。僕の夢は「レーサーになること」なんかじゃない。
もちろん、夢だったことのひとつではあるのかもしれないけれど、でも――違う。
僕の夢は――願いは。

「じゃあ、フランソワーズ。僕の夢のひとつを叶えてくれるかい?」
「私にできること?」
「うん」
「何かしら?」
「簡単だよ。こうして、僕と一緒に――」

ジョーはフランソワーズの背中に手を回し、ぎゅうっと抱き締めた。


――僕と一緒にいてくれること。


「・・・ジョーったら。いつも一緒にいるじゃない」
「うん――でも、言ったろ?」
「え?」
「ひとつ叶うと更にもうひとつ、って・・・欲張りになるんだ」

一緒にいるだけじゃ足りなくなる。もっともっと――近くに感じていたい。
だけどフランソワーズは、どこまでそれを叶えてくれるだろうか。
今が上限ではないと誰が言えるだろう?

「ジョーったら。そんな顔しないで。・・・言ったでしょう?私も欲張りなのよ、って」