新ゼロ 「私が好きなひと」
この前、テレビをぼんやり見ていたらある映画の告知で、 私が好きな人 私を好きな人 あなたはどっちがいい? というのがあった。 映画の告知なのだから、そういう内容のお話なのだろう。 私が好きな人と私を好きな人、か。 結婚相手かどうかは別として、いま現在お付き合いしている人がいるのなら、これは両者イコールなのが理想だろう。 私が好きな人。 それはもちろん、ジョーだ。 だって、ジョーが好きな人は私じゃないもの。 では、ジョーが好きな人は誰なのかというと。 マユミさん。キャサリン王女。 …よね。 すぐに名前を挙げられるのが我ながら凄いと思う。(どれだけ悔しいのよ、私) ジョーが好きな人はあの二人。 ジョーを好きな人は私。 私を好きな人は… 改めて確認するとなんだか私って物凄く可哀想かもしれない。 いいわよ、いつかいなくなっちゃっても。 …なんて、ジョーは永遠に気づかないだろうけれど。 今日は朝から大変なことになっている。実質的には昨夜からだけど。 ジョーが拗ねているのだ。 が、ギルモア邸の誰もがまたかって肩を竦めるだけでなにもしてくれない。 ああもう、メンドクサイなあ。 昨夜、ついうっかり口を滑らせた。親密な時間の後に。 ううん。もしかしたら、…怒ってる。 フランソワーズを好きな人は僕だろっ と怒り、 僕が好きな人はフランソワーズだっ と泣きそうな顔で言った。なんで信用してくれないんだと怒りながら涙ぐんで、膝を抱えるかわりにめちゃくちゃキスをしてきた。だから僕たちはイコールだろって何度も繰り返して、私がしぶしぶ納得したら、今度は、どうして自分を好きな人はいないなんて思うんだって不機嫌になって。 みんながお前が行けって目をするから、私は仕方なくガレージに向かった。 「ジョー?」 別に中に入れないわけじゃない。入りにくいだけだ。 「なに?」 やだわ、なんだか居づらい。ジョーの視線が突き刺さる。 「反省した?」 う。 「もうあんなこと言ったら駄目だよ」 ごめんなさい と言うかわりに、私はジョーの胸に飛び込んでいた。ジョーが腕を回してぎゅっとしてくれる。 「まったく、ヤキモチやきなんだから」 うん、そうなの。 でもそれがわかるのはジョーだけよ。
つまりは、結婚するなら…ということらしい。
映画には興味がなかったけれど、ふと考え込むくらいには興味を引かれた。
でも、そんなラッキーなひとはおそらく一握りに違いない。
そして、私もその一握りには入っていない。
でも。
私を好きな人もジョーかというと…たぶん、違う。
私はジョーにとって、ジョーを好きな人という位置。
でも、悔しいけれど、ジョーは絶対好きだと思う。二人のことが。彼の視線はまっすぐに彼女たちを見るし、私なんて眼中になくなる。実際、そうだったし。
二人とも彼の前から消えてくれたから、かろうじて私はいまジョーを独り占めできているけれど、だけどもしいつか、二人が目の前に現れたら。
そのとき、私は一人ぼっちなのを痛感するだろう…。
私が好きな人はジョー。
いない。
でもね。
大丈夫。
強く生きていくわ。
好きな人がいるだけでもじゅうぶんなんだから。
ジョーが誰を見ていても、私には関係ない。
でもね。
言っておきますけど、あなたが好きなあの二人はけっして「あなたを好きな人」にはなってくれないわ。
私にはわかるの。
だって、私以上にあなたを好きな人なんていないんだから。
みんなジョーを素通りしていく。
もちろん、私だってそうしたい。そうできたらどんなにいいだろう。
でもできないのは、ジョーが拗ねている原因は私だからだ。
どうせ私を好きな人なんていないもんね、なーんてふざけて言っちゃったのだ。
途端、それってなんだどういうわけだ、ってジョーの追求が始まって。で、私は私を好きな人私が好きな人の話をせざるを得なくなり… 結果、ジョーが拗ねているというわけ。
私の話を聞いた後、
で、今は…拗ねている。いや、やっぱり怒っているのかな。ガレージにこもったまま出てこない。
車に何かしていたらしいジョーはくるりとこちらに向いた。
「なにって、そのう…」
「…」
「君のことを好きな人なんて物凄くたくさんいるんだ」
「…」
「そのなかに僕を入れないなんてもってのほか」
「…」
「しかも、そのなかで代表になれるくらいなのにさ」
「…」
「フランソワーズ?」