「緊急事態な夜」

 

 

 

夜、僕からフランソワーズの部屋に行くことはよくあるけれど、フランソワーズが僕の部屋に来ることは滅多にない。
なぜならそれは、緊急事態だからだ。
何かが起きている。もしくは何かが起きた。そして僕が必要になり、フランソワーズがやってくるのだ。

だから、フランソワーズが夜中に来ると緊張し頭が醒める。
これがただの夜這いだったらどんなにいいだろうか。
そうしたら、フランソワーズを抱き締めて朝まで絶対離さないのに。

 

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たぶん、ジョーは何か誤解している。
ああ見えて意外に古風なひとだから、女性のほうから行動を起こすなんて有り得ないと思ってる。

まったく、日本の男性って女性に対して勝手な幻想を抱いているわよね。あのね、女性だってね。今日はぎゅーってしてもらって眠りたいな、ひとりはいやだなって思うことはあるのよ。突然、夜中に目が覚めて会いたくなっちゃったりもするの。
ね、そうしたらどうすればいいと思う?
会いに行くわよね?だって同じ家に住んでいるんだから。

深い意味はないの。だってただ会いたいだけなんだから。
だけどジョーは…

 

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何か柔らかくてあったかいものが懐に滑り込んできて、僕は酷く驚いた。
うっわ、なんだなんだヤバいぞ…敵だったら今頃僕の命はない。
いやしかし、だったら部屋に入られる前に気づくはずだしそれがなかったということは。

なんだ、フランソワーズじゃないか。

なんてことを瞬時に考え、僕は柔らかくてあったかいものを抱き締めた。

「フランソワーズ、どうかした?何かあった…?」

 

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ないわよ、何にも。
ねえ。
こうしているのに理由が必要?

んもう、メンドクサイなあ。

 

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「あのね。怖い夢を見たの…」


ああ、それは一大事だ。まさに緊急事態である。

僕は気を引き締め、フランソワーズに腕を回し護るように抱き締めた。
そんな緊急事態に彼女が僕のところに来るのは当然だ。いったいどんな怖い夢を見たのか知らないが、もう大丈夫。僕がこうしてぎゅーっとしているから。

それにしてもフランソワーズはよく怖い夢を見る。眠る前に難しい本でも読んでいるのだろうか。今度注意しておかないと。

フランソワーズは僕にぴったりくっつくと安心したように目を閉じた。

 

 

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怖い夢を見たの――って察してよ。
そう毎回毎回、怖い夢を見るわけないじゃない。ジョーの部屋に来る理由を作ってるだけなのに。
信じちゃうなんて嘘でしょう。
その証拠にほら、私、眠ってないでしょ?
眠っていたら手を出さないんだったわよね?

眠ってないわよ。

ないのに。

 

どうして何にもしないの、ジョーのばか。