「さくらモンブラン」
「んー・・・どれにしようかなぁ」
ショーケースの中を覗き込み、なかなか決められないフランソワーズ。
隣のジョーは苦笑しながら、
「どうせ1個じゃないんだろう?食べたいのって」
「ん・・・そうなんだけど」
ショーケースから目を離さないフランソワーズから視線を外し前を見ると店員と目が合った。
お互いに何となく微笑み合う。
フランソワーズがどのケーキにしようか悩み始めてから、既に10分が経過していた。
「メンドクサイから、上の段、一列頼んじゃえば」
ジョーが言った途端、フランソワーズは背を伸ばしてきっとジョーを睨みつけた。
「そういうの、ケーキに失礼だわ!」
「え?」
「どのケーキも、綺麗に装って選ばれるのを待っているのに、そんなどうでもいいみたいに」
「装って、って・・・」
「季節のケーキってそういうもんなのよ?」
つん、と視線を逸らし、再度ショーケースを覗き込むフランソワーズにジョーは小さく息をついた。
全く、どうしてケーキひとつにこんなに一生懸命になるのだろうか。
「――だけどさ。どのケーキだって、ケーキには違わないだろう?」
「当たり前でしょ」
怒ったような声が返ってくるだけで、フランソワーズはこちらを見ない。
「そりゃまあ、多少、味は違うかもしれないけど」
「多少じゃないわ。全然、よ」
「ん、ま、そうかもしれないけどさ。カテゴリーはケーキだ」
フランソワーズはふたつ選んで店員に伝えると、改めてジョーを見つめた。
「もう。いったい何が言いたいの?」
ジョーはちょっと黙ると、ふいっと横を向いた。
「ケーキには違わないってことだよ」
「何よ、それ」
――フランソワーズにはわからないだろう。どんな装いをしても――そのもの自体には変わりがない、ということが。
僕は、フランソワーズがどんな姿で現れても、それがフランソワーズである限り迷ったりなんか――
「でも、味は違うのよ」
「・・・」
そうだった。
見た目だけでは味はわからない。
いくら、それ自体は同じといっても、装いによって味が違ってくるわけで――
――フランソワーズも違うのだろうか。
時と場合によって。
服装によって。
シチュエーションによって。
「・・・いま何か変なコト考えたでしょ」
会計をすませ、ケーキの箱を持ったフランソワーズがジョーの腕をつつく。
「えっ、考えてないよ」
「ううん、考えてた。そういう顔してた」
「してないよ」
「してました」
言いながら店を出て駐車場まで歩く。ジョーは路駐はしないのだ。
目立ちすぎるし、何しろ――誰かが勝手に乗り込んで居眠りしてしまうかもしれないからだ。
「もうっ。素直に認めたら?変なコト考えてました――って」
「・・・別に。そもそも変なコトじゃないし」
「じゃあ何?」
「それは・・・」
駐車場に着く。
そこには桜の木があり、満開の桜が頭上に見えた。
「――綺麗ね。お花見、しなくちゃ」
にっこり笑って桜を見上げるフランソワーズの腕を掴むと、ジョーはさっと唇を重ねていた。
一瞬、触れただけの。
キス。
「っ、ジョー、こんなところでっ・・・」
「――これって変なコトじゃないよな?」
「えっ?」
にやりと笑ったジョーの背中をばしんと叩いて、フランソワーズは背を向けた。
「もうっ、知らないっ」
そんな彼女をジョーは目を細めて見つめる。
――なにしろ・・・春ですから。
桜の下のフランソワーズは、ふんわり桜の香りがした――ように思えた。