バス停に着いた彼女が見える。僕は坂の中腹から、バスがこちらにくるのを黙って見つめていた。 バスが停まる。 ドアが開く。 そして。
***
「――きゃっ。なに?」 ステップに足をかけたところで、フランソワーズの腕を掴み引き寄せた。 「・・・ジョー!?いったい何を」 眉間に皺を寄せて僕を睨む。 「離してっ」 イヤだ。離すもんか。 「ジョーっ」 バスの運転手が困った顔をしている。 「――すみません。行ってください」 困ったようなフランソワーズの声。 ――勝った。 僕はフランソワーズを引き止めるのに成功したのだ。
***
「――何よ、その格好」 僕の腕を振り払うと、フランソワーズはくるりとこちらを向いた。 「・・・加速したから」 ぼそりと言った僕に、ふんと鼻を鳴らして答える。 「そんな格好されたら迷惑よ。どんなに目立つかわかってるでしょう?」 赤い服に黄色いマフラーをなびかせて。 「ジョー。聞いてるの?」 ぴしりと響く彼女の声。 「・・・聞いてるよ」 僕は黙る。 「ちゃんとこっちを見なさい!」 うつむいて前髪で顔を覆っていた僕の顎に手をかけ、正面にいる自分と目が合うようにしてしまう。 「何回言えばわかってくれるの?」 僕は答えない。 「何度言ってもわかってくれないじゃない。もう知らないわ。あなたのことなんか」 彼女の言葉は容赦なく僕の胸の奥を貫く。 「だから、」 なんだか何を言っているのかわからなくなって、あんなに準備した言葉が喉で詰まって出て来ない。 「いなくならないで。頼むよ。・・・きみがいないと、僕は」 ああ、こんな情けなくすがるつもりはなかったのに。 「・・・イヤだよ。いなくならないで。頼むからっ・・・」 フランソワーズは何も言わない。 息詰まるような沈黙。 そうして、大きく息を吐き出した。 「――しょうがないわねぇ」 そうしてくすりと小さく笑った。 「レッスンに間に合うように送ってくれる?そうしたら、許してあげるわ全部」
|