「ほうっておけない」

 

 

「寂しがりで泣き虫だから心配…って、アナタの彼氏って子供?」

「ひとりにできないなんて、草食系でもいないわよフランソワーズ」


口々に言われ、フランソワーズは軽く頬を膨らませた。
普段はどんな感じなのと聞かれたから、正直に答えただけなのに。
少し、正直過ぎたかなと心の隅でちょっとだけ反省した。


「あのね、でもね、とっても頼りになるのよ」


このままでは、ハリケーン・ジョーの株が下がってしまう。
いまここにいるのはバレエの仲間で、ジョーとの仲は先刻承知。他人に要らぬことを喋るような人物はいない。
しかし、だからこそこうしてお茶している時は話の種になりやすくからかわれる事が多い。
今後、泣き虫ネタで遊ばれるのはごめんだった。


「泣き虫なのに?」
「例えばどんな?」
「例えば……命を助けてくれる、とか」
「はぁ?」
「あのねフランソワーズ。ヨーロッパではどうか知らないけど、日本で命を狙われるなんてないわよ」
「例えるのが下手ねぇ」


……だって本当だもん。
ジョーは私の命を守ってくれるんだから。

と、口に出して言えないのがもどかしい。


「それにしても、あーあ。結局ノロケかぁ」
「ハリケーン・ジョーが寂しがりなんてうらやましいぞ」
「え。…うらやましい?」
「なにキョトンとしてるの。だってそうでしょ。寂しいっていったって、そばにいるのが誰でもいいってわけないんだし」
「……あ」


……なるほど。


気付かなかった。と、言うわけにもいかず、フランソワーズは黙りこんだ。
実際、自分じゃなくてもいいのではないかと思っていたのだ。


……そうなのかしら。


確かにジョーは、普段から「フランソワーズじゃなくちゃ駄目だ」と言っているけれども。


これは、帰ったら確かめなくちゃ。


心に誓った。

 



 

 

家に帰ったら。


ジョーは泣いていた。


……泣き虫にもほどがある。

 

「あ、フランソワーズ。お帰り」


ジョーはフランソワーズに気付くと照れたように涙を拭いながら笑ってみせた。
今日は、レッスンの後にみんなとお茶するから迎えは要らないと言ってあったのだった。


「ただいま。……どうしたの?」


まさか「恒例のお迎え」を断って、ひとり留守番していたから寂しくなって泣いていた――わけではあるまい。


「あ、イヤ、ちょっと……」


頭を掻くジョーの元にしゃがむと、フランソワーズは彼の顔を覗きこんだ。
眼が赤い。


「ジョー?」
「なんでもないよ」
「でも」
「大丈夫だってば」


でも泣いている。それはもう明らかに。
いったい自分のいない間に彼に何があったのだろうか(とはいっても一緒にいなかった時間はほんの数時間である)。


「いやその……」


フランソワーズに心配そうにまっすぐ見つめられ、ジョーはしぶしぶ口を開いた。
いくら気まずくとも恋人に心配をかけるほどジョーは愚かではない。


「その……ドラマを見ていたんだけど、内容がちょっと」
「え。ジョーがドラマ?」

意外である。

「――なんとなくつけたらやってたんだよ。で、見るともなしに見ていたら…」

舞台がパリで、バレリーナと絵描きの物語だったのだという。

「外国映画?」
「……日本のドラマだよ。留学したバレリーナと現地の絵描き……」
「絵描きって男?」
「……うん」
「…………ふうん……」

なんだかわかったような気がする。
おそらくハッピーエンドではなかったのだろう。そして、ジョーはそれを自分たちにあてはめてしまったのだろう。


――まったく、センチメンタルなんだからっ。
どうしてジョーって日本男児なのに乙女ちっくなのかしら。
今時、こんなありきたりの展開のドラマで泣くようなひとはいない――はず。


でも。

そこで泣いてしまうのがジョーなのだ。

そして、それを女々しいと思わないのがフランソワーズなのである。


「……泣き虫ね」

フランソワーズはジョーの隣に座ると、彼の髪をそっと撫でた。

「――ウン」
「レースのDVDを観ていればよかったのに」
「今度はそうするよ」
「ん……でも、そうね……」


「今度」は無しにしよう。


フランソワーズはそう心に決めた。
やはり誰が何と言おうと、ジョーをひとりにしたくはない。
何が原因でも、現にこうして泣いて待っていたのだから。

それに。


私が一緒にいれば、ジョーは泣かない。

 

そう知っているのだから。