第1話「よみがえった神々」
再会
必死になって、逃げた。
追手から逃げて、逃げて・・・でも、逃げ切れなくて。
結局、正面から対決しなくてはならなかった。
手強かった。
敵は壊滅したけれど、こちらも仲間を失うところだった。
009と002。
彼らは001の力によって生還し、再改造手術を受けた。
あれから何年が過ぎたのだろう。
覚えていない。
数えたりも、していない。
ただ毎日の生活を続けていく事だけを考えていた。
自分の身体のことも、思い出さないようにしていた。
だから最近では、全て遠い夢のなかの事だったような気がしていた。
恋も、何度か、した。
恋人だって、いた。
ステージから彼らの姿を見つけた時は、まさかと思った。
時々、観に来てくれていたから、いつもと同じと思っていた。
「そう」だとは思っていなかった。
・・・というのは、半分嘘で半分本当。
顔を見た時に「そう」ではないかと思ったから。
また、闘いの日々が始まる。
と。
ただ懐かしかった。
全員が集まるのなんて、何年ぶりなんだろう。
009に会うのは、本当に久しぶりだった。
一度、メンテナンスで日本に行った時にちらりと姿を見たけれど。
あとは時々、テレビのニュースで見かける程度。
ああ、頑張っているんだな・・・って。
私も頑張ろう・・・って、思った。
キッチンでお茶を淹れている時、009が手伝いにやって来た。
開口一番、「ごめんね」と言った。
「何が?」
「003まで呼ぶ事になって。・・・もっとぎりぎりまで待っても良かったのに。
公演中だった、って007から聞いたよ」
「・・・いいのよ。仕方ないわ」
「でも、リーダーの僕がそう言えば、君はまだ」
「ストップ」
009を手で制する。
「私だけ仲間外れにするつもり?」
「え・・・」
「そんな事したら、もう口きかないんだから」
じっと褐色の瞳を見つめる。
・・・懐かしい。
この瞳の持ち主に守られ、一緒に走ったのはいつの事だったかしら。
ただ夢中で走っていた。
同じ目標に向かって、一心に。
蒼い瞳にじっと見つめられ、僕は言葉に詰まった。
こうして顔を見るのも、本当に久しぶりだった。
彼女の見るもの・聞くもの全てを信用し、一緒に死線を駆け抜けたのはいつの事だっただろう。
レーサーとして成功し、忙しい日々を過ごして来た。
仲間や恋人。たくさんのひとと知り合った。
だけど。
こうして蒼い瞳にじっと見つめられている時の感覚。
忘れていなかった。
ただ、懐かしくて。
「ごめん」
「・・・ね?009のせいじゃないんだし」
「・・・うん」
けれど、まだ何か言いたそうな009。
私はまたこのひとと一緒に闘うことになった。
また、このひとと一緒に居ることになった。
それがどんな意味をもつのか、この時は知る由もなかったけれど
何故か目を逸らす気になれずにいた。
「おーい。お茶の準備にどんだけかかっているんだよ?」
002がキッチンに姿を現した。
「手伝いに行ったきり009は戻って来ねーしな。返って邪魔してるんじゃないかと思ってさ」
「ひどいなぁ、002」
ふたりの遣り取りを見つめ、くすくす笑う003。
「仲が良いのね、ふたりとも」
「そりゃ、ずっと一緒に戦ってきたしね。・・・あ、レースの事だよ」
002は009をちら、と見つめ、盆を手に取った。
「別に『ずっと一緒』だった訳じゃねーよ。変な事言うなよ009」
「変な事、って・・・」
肩をすくめる009。
「だって、本当の事じゃないか」
リビングに002が戻ってみると、部屋の空気が少し和んでいた。
「マドモアゼルの邪魔をしてなかったかい?あの坊やは」
007が尋ねる。
「ああ。009のヤツ、俺とヤツがずっと一緒だったなんて気色悪ぃ事言ってたけどな」
フン、と言って盆を置く。
008がカップを手に取る。
「・・・そっか。・・・笑ってたかい?003は」
「ああ。何やらふたりで話し込んでたけどな」
「そう」
言って、口元に笑みを浮かべる。
「なら、良かった」
他の面々もくすりと笑みを洩らした。
あの、ふたり。
ブラックゴーストから逃げ切った後、それぞれ自分の国へ帰った。
そうして、自分たちの「元の生活」に戻って行った。
けれど、メンテナンスのため日本には時々来ており、入れ違いに他のメンバーに会ったり、009に会ったりはしていた。
それだけではなく、時々は連絡を取り合ったり、009と002のように「仕事で」会う事もあった。
少なくとも、他のメンバーはけっこうお互いに心安く声を掛け合ったりしてきていた。
何しろ、世界に9人しかいない「仲間」なのだから。
一生、切れない絆で強く結ばれている。
でも。
あの、ふたりは。
メンテナンスの時に一回、会っただけ。
それもほとんど擦れ違いで。
どうして会おうとしないのか、不思議だった。
いや。
「わざと」会わなかったとしか思えない。
その理由は・・・
あのふたり以外のメンバーは、おそらく全員知っている。
だから、集合した時の微妙な空気。ふたりの微妙な距離感。
それを見越して、009をキッチンへ遣ったのだった。
・・・笑っていたのか、003。
そして009も。
良かったな。
召集されてからのピリピリした空気が緩む。
ほっと和んでくる。
キッチンから笑い声が聞こえてくる。
009が戻って来るのが遅くても、誰も何も言わない。
とりあえず・・・
「あ、ミルクと砂糖忘れたっ」
とか言って、覗きに行こうとする002を何とかするのが先だった。