第7話「神々の罠」
恐怖

 

003が傷を負った。
村人を庇って、背中に剣を受けたのだ。
手術は一昼夜にわたった。

 

何も聞こえない。
いや
聞こえてはいるけれど、それは僕の耳をただ通過するだけの、意味をなさない「音」でしかなかった。

 

 

「・・・ダメだ。何を言っても聞いてやしない」
002が肩をすくめる。
「アイツ・・・ずっとあそこにああしてるつもりか?」
メディカルルームの扉の前。
そこの壁を背にして座り込んでいる009。
俯いたまま、自分の両手をぼんやりと見つめて。
「無事に手術も終わったし、003の顔もさっきみんなで見たし。あとは交代で休憩しようってさっき僕も声をかけたんだけど」
と008。
「食事も全然摂らないアルよ。009の方がどうにかなるアル」
「全くだ。どうしてアイツはああなってるんだ?」
002が洩らしたひと言に他のメンバー全員が固まる。
「え、えーと、002・・・もしかして全然、気付いてなかったのか?」
008がゆっくりと言う。
「気付くって何が」
「009が003に惚れてるって事」
「?惚れ・・・っ?え、えーっ!!?」
「声が大きい!」
008が002の口を塞ぐ。
「い、いつから?」
小声。
「そんなの知らないよ。だけど、うすうすみんな気付いていたさ」
お前以外はな。と、心の中で付け足す。
「そ。そうなのか・・・。全然、知らなかったぜ」
009を振り返り、姿を捉える。
なるほど。
「だからあんなボロゾーキンみたいになってるって訳か」
「ボロゾーキンはないだろう」
004が口の端を上げる。
「せめて抜け殻と言ってやれ」
「で?それはともかく、009はその・・・何だ、003に言ったのか?」
再び訪れる沈黙。
「えっ?言ってないのか?!」
「違うんだよ002」
008がゆっくりと首を振る。
「それ以前の問題なんだ」
「なんだよ、それ以前、って・・・」
心理的に身構える002。他のメンバーは一様に苦い表情になっている。
「実は009は、自分が003に惚れている事をまだ自覚していない」
「・・・・」
信じられない事を聞いた、という顔で002は立ち尽くす。
「・・・何だ、そりゃ」
「そういう事さ」
「いやだって、あそこでボロゾーキ・・・いや、抜け殻になってる姿を俺達に晒しているのに、か?」
「たぶん本人は何にも気付いていないと思う」
「〜〜〜〜〜〜〜〜っ」
002が頭を抱えてしゃがみ込む。
「なんっだ、そりゃー!!」
004がフン、と嗤う。
「あんな瞳をしていれば誰が見たって一目瞭然だって事に気付いてないのさ。
・・・ま、約1名、確かに気付いてなかったようだが?」
ちら、と002を見る。
「ち。俺の事かよ。確かにそうだが・・・待てよ、ってことは・・・003は気付いているのか?」
三たび凍る一同。
「それがだな、002」
008が諦観の笑みを浮かべながら語る。
「003は全然気付いていないんだ。・・・いや、あれは・・・」
「お互い様、って事になるんだろうな」
004が後を引き取って言う。
「お互い様ぁ?」
「003も009のコト好きアルね〜。でも自分でそのこと気付いてないアルよ」
「・・・なんだそりゃ」
脱力。
「面倒くせぇ奴ら」
ボソッと言った002に、しみじみと頷く一同。
視線は自然と抜け殻に向けられた。

 

 

全身を軽い震えが襲っている。
止まらない。
自分の手を見る。
滲んでぼやけた視界。
そこには。
003の血がついたままの両手。
自分の腕の中で、どんどん血の気を失っていく顔。
・・・血が、出るなんて。
ゼロゼロナンバーサイボーグで、血を流す者は001しかいないと思っていた。
003。
僕は・・・怖い。
もし。
もし君が僕の前からいなくなってしまったら。
僕はどうすればいいんだろう。

 

 

一週間後。
ギルモア邸のリビングに入って来た002は、ソファにどっかりと腰を下ろすと、
他のメンバーの誰にともなく喋り出した。
「・・・なぁ。アレでお互い、気付いてないっていうの、ホントかぁ?」
「気付いていないって何が」
008が読んでいた本から顔を上げる。
「だから、あの二人だよ!ジョーの奴、くっついて動きゃしねーし。フランソワーズも何が楽しいんだかニコニコしてるし。
さっき俺が見舞いに行っても、申し訳程度に話したっきり相手にしやしねーし」
あ・・・行ったんだ。
一同がため息をつく。
最初の数日は、入れ替わり立ち代わりメンバーが見舞ったものだったが、いつ誰が部屋を訪れても、そこには必ず009が居た。
003のそばに。
まるで当然のように。
それを知ってからは、003も順調に回復しているようだし、と、あまり近寄らないようにしている一同だった。
「しかも話している事といったら、北欧神話がどうのこうのとかさ。もっと他にも話す事はあるだろうよ」
「・・・まぁ、いいんじゃない」
008が本を閉じて立ち上がる。
「あの二人は、自分達は敵についてディスカッションしているだけ、だと思っているんだから」
「・・・面倒くせぇ奴ら・・・」
おそらく。
メンバーの中の誰かが冷やかしたり、からかったりすれば、また違った様相を呈していたのかもしれない。
事実、そういう気配もあったのだが(主に002を筆頭にして)。
だが、全て未然に芽は摘まれていた。005によって。
005を敵に回す、などという愚を犯す者は誰もいなかった。

 

「愛の女神フレイヤは・・・」
003の声が響く。
あの時の白い顔が嘘のように、今は頬がピンク色に染まっている。
僕はというと、そんな君の顔をただ見つめているだけだ。
「・・・ジョー、聞いてる?」
「聞いてるよ」
「そう。じゃ、続けるけど・・・」
003の講釈が進む。

君の手術の前後の事は、ほとんど憶えていない。
自分がどこで何をしていたのか。
記憶しているのは、ただ怖くて震えていたことだけ。
どうしてあんなに怖かったのだろう?

・・・でも、まぁ、いいか。
いまこうして、君の声は耳に心地良いし、何だかとても・・・気持ちがいいから。
・・・・・・・・。

 

また寝ちゃったわ。
ベッド脇に頭突きするような勢いでつっぷしてしまった009。
その後頭部を見つめて苦笑する。
いったい、何度目かしら。
神話について話していても、本当にちゃんと聞いているのかどうか。
でも。
彼がそばにいると・・・いてくれると・・・何だかとても安心する。
なぜかしら。
ゼロゼロナンバー中、最強だからかしら。
005の醸し出す安心感とは、また別のもの。
何だろう。
009がそばに居ると嬉しい。
笑顔を見るのが嬉しい。
009に心配されるのが嬉しい。
・・・何故かしら。
考えているうちに、小さくあくびをするとそのまま上掛けを引っ張り潜り込んだ。
至近距離には009の頭がある。
・・・オヤスミナサイ・・・

 

「フランソワーズ、おやつは何が食べたいアルか〜?」
無造作にドアを開けた006は、一歩部屋に入った所で硬直した。
003はスヤスヤ眠っているが、その横に009の頭がある。
・・・両手がだらーんと垂れているので、どうやら意識を失うように眠っているようだが。
「アイヤー!邪魔したアルね」
「んー?・・・おやおや」
006の肩ごしに007が中を見つめる。
「全く。ただの恋人同士に見えるがね・・・」
恋人同士。
それがとてつもなく遠い道程である事は、何となく予想がつくゼロゼロナンバー達なのであった。