第8話「愛に響けバイオリン」
        心配

 

 

「009、落ち着かないから座れよ」
008がうんざりした表情で言う。何しろ同じセリフを言うのは5回目だったから。
言われた009は全く聞いておらず、リビングの中をうろうろと歩き回っている。
「そんなに心配なら、おマエも一緒に行ったらいいだろうよ?」
002が呆れたように声をかける。
「しっ。それは言ったら駄目アルよ」
「何で」
「さっき、003にしつこくそう言って部屋から追い出されたのさ」
007がにやにやしながら説明する。
「あのお嬢さんもけっこう頑固だからなぁ」


二ヶ月前。
重症を負った003。完治するまで約一ヵ月半かかった。
それでも、通常の生活に戻るまでには更に半月かかったのだった。


それなのに、ひとりでウィーンに行く、だって?
そんなの、許せるもんか。
僕はリーダーとして、絶対に賛成できない。

 

 

ウィーンで音楽家たちが謎の死を遂げているというニュースを見た003は
単身、ウィーンへ調査に行くと言い出した。古い友人がいて心配だという。
「謎の死」自体が、神(オーディン)と関係があるのかどうか、現時点では確認できない。
それも含めて調査し、必要なら連絡すると約束し、003はひとりウィーンへ向かうことになったのだった。

 

・・・心配しすぎよ。
渡欧する支度をしながら、さっきまでくどくどと説教をしていた009を思い出し
003はそっと微笑んだ。
いくら大丈夫って言っても、そんなの駄目だの一点張りで。
最後には「私だって003なのよ。信用してないの?」と言って、絶句したところを部屋から追い出した。

心配してくれるのは嬉しいけれど・・・。

確かに重症だった。
完治するまで長くかかってしまい、随分みんなに心配をかけた。
特に009は、気付くのがもう少し早ければ、加速するのが一瞬早ければ助けられたのにとずっと自分を責めていた。
アナタのせいじゃないわ。と何度言っても納得してくれず、
003は自分の身体の状態よりも、むしろ009の方を心配していた。ひどく落ち込んでいたから。
責任を感じてなのか、ベッド上安静の日々も009はずっと離れず傍にいてくれた。
確かにそれは、003にとってかなり安心する事でもあり・・・
009が傍にいてくれていると思うと、いつもぐっすり眠れたのだった。
そんな日々だったから、009が心配するのはわかるのだけど。

でも。
今回の件は、私のわがままだから。
もしかしたら、神とは全然関係がないかもしれない。
確信もないのに、みんなを煩わせるわけにはいかない。
もし関係がなければ、自分は旧友のフローラと親交を温めるためだけに渡欧する事になるのだし。
だから、一人でウィーンに行く事に決めたのだった。
それに。
何かあった時に連絡できるひとが居る。絶対に来てくれると信じられるひとが居る。
そう思うだけで、胸の奥が温かくなるのだった。
この二ヶ月、ずっと傍にいてくれた009と離れるのは不安だったけれど。

 

 

003が渡欧した後の009の荒れようは凄かった。
電話のそばから離れようとしない。
夜はずっと起きている。だから、
もともと寝起きが悪い上に、輪をかけて機嫌が悪く、午前中は誰も彼に近寄れない。
(ちなみに彼を起こすのは誰もが嫌がり、自然に起きるのを待つしかなかった)
午後になるといくらかマシになるのだが、それも作戦会議などの必要最低限の場合にしか口を開く事は無かった。
普段から口数の少ない彼なのに、更に何も喋らない。
かといって、誰かに当たるというのでもなかったから、余計に扱いが大変だった。
次第にどんよりとした空気に満たされてゆくギルモア邸。
「・・・なんか、気が滅入るよなー、この空気」
002がうんざりしてソファに身を投げ出す。
これじゃ一ヶ月前のボロゾーキン状態だった頃のほうがまだましだったぜ。
などと思ったりもする。
あの時も手がかかったけど、まだ楽だったな。
003にくっついてりゃ機嫌がよかったし。
じっと電話番をする009を見つめ、大袈裟にため息をつく。
「003から連絡はあったのか?」
「ないよ。あったらすぐわかる」
008が笑いを含んだ声で答える。
そうだよな。すぐわかるよな・・・と、しみじみ思うゼロゼロナンバー達なのであった。

 

待望の連絡が入ったのは、003が渡欧してから一週間後だった。
電話番の009が受話器を取った。
「・・・003!」
その声に他のメンバーも009に注目する。
001が電話の音声を中継して全員に聞こえるようにする。
「そっちの様子はどうだ?」
「ジョーなの?・・・そうね。やっぱり神が関係していると思うわ」
神話と不可思議な力と謎の死について説明する。
「ヨシ。すぐにそちらに向かうよ」
ええっ??
やりとりを聞いていた一同は腰を浮かせた。
「おい、ちょっと待てよ009」
「ひとりで決めるなよ」
すると電話を切った009はきょとんとして言ったのだった。
「何が?」
「何が、って・・・いま、『すぐ向かう』って言ってたじゃないか」
「僕が?」
「ああ。だけどまず全員でミーティングをして方針を立ててからだろーが」
「・・・そのつもりだけど?」
「でもおマエ、すぐ向かうって・・・」
「嫌だなぁ、002。そんな事言ってないよ」
・・・おいおい。
002は怖いものを見るように009を見つめた。
たった今、自分が言った事を覚えてないのかよ?
その002のマフラーをぐいっと引っ張って、008が耳打ちする。
「放っておいたほうがいいよ。どうせ」
ちらっと009を見つめ、こちらに注意を払ってない事を確認する。
「どうせ、003の声を聞いただけで会話なんか上の空だったろうからさ」
「いや、でもよ」
「いいんだよ。だから001がみんなにも聞こえるように中継したんだし。それに」
声を更に小さくする。
「003の話も聞こえてただろう?第一声で、相手が009だとすぐにわかったんだぜ?
こっちには男が7人いて、誰が電話に出るのかわかるわけがないのに」

 

 

ウィーンへ誰が向かうかひと悶着あった。
「どんな相手かわからないから、005の力と、004の武器は絶対必要だし、
007の能力もスパイ活動には欠かせない。
しかも、004と007はヨーロッパ出身で、ウィーンに行った事もあるから、地理に強いだろうし」
という008のひとことで決定した。
「そうだな。俺は後方支援部隊として待機しておくよ」
002も重ねて言う。
「・・・汚ねぇぞ、お前ら」
004が苦虫を噛み潰した顔で言う。
「全員で行った方がいいんじゃないか?」
けれども、そう言う004を相手にせず、008は冷静に続けた。
「009がいれば、戦闘力としては十分なんだから、待機部隊がいる方がいい」
理詰めで説得されたら、誰も008に勝てないのだった。

ドルフィン号の中では007が延々とシェイクスピアの講釈を続けていた。
おとなしく聞いているようで、実は寝ている005。
シェイクスピアをたしなみ程度に知っている004だけが相手をしていた。
「だけど007、演劇もいいが、せっかくの音楽の都なんだぜ?
しかもスッツ氏が振るのは、ムジークフェラインのゴールデンザールだろう?
どうせ行くならチケットくらい用意して欲しかったよ」
「そうだな。マドモアゼルはそのへん気が回りそうなもんだが・・・」
パイロットシートの009に声をかける。
「009、003は何か言ってなかったか?」
「・・・いや。それどころじゃないだろう。彼女も」
「ふぅむ。そうだよな・・・」
「ふたり分しか取れなかった、って言ってたし」
「なぬ?」
注目を浴びる009。
「まさか、・・・お主とマドモアゼルの分、か?」
「さぁ?・・・フローラと行くんじゃないかな」
フローラは演奏する側だろーが。
一瞬、マシンガンの照準を合わせる004。
天然なのか、俺たちを煙に巻いてるのかわからんな。
どっちか賭けるか?
吾輩は天然だと思う。
・・・賭けにならんな。
目と目で会話をして、互いに肩をすくめる。
ウィーンに着いたら、同じく天然のお嬢さんの相手もするのか・・・。
どちらからともなく、ため息をつくのだった。