第10話「大西部に散った友情」
悔恨
もっと強くなりたい。
誰も傷つけなくてすむように。
もっと。
「最近、003の様子が変アルよ」
リビングで006が今日のおやつを並べながら言う。
「うん・・・確かに変だよね」
並べるのを手伝いながら008も同意する。
「西部で何かあったアルかね」
「さぁ・・・。005はまだ帰って来ていないしね」
そもそも、三人一緒に帰ってくると思っていたのに。
「009なら何か知ってるかな」
「009が言うと思うアルか?」
二人で顔を見合わせ、首を振る。
「結局、よくわからないアルね」
西部での自分の失言に、ただ落ち込んでいた。
いくらほっとして気が緩んだとはいえ、あんな事を言ってしまったなんて。
彼の気持ちがどうなるか、一瞬でも考えたなら決して言わなかった言葉。
普段の自分なら、おそらく言わなかったであろう一瞬。
・・・どうしてあの時。
思いは堂々巡りで、003はそっと息をついた。
窓から海を眺める。
西部からの帰りに見た海と同じ色。
・・・苦い後悔を映した色。
ちゃんと索敵もしていなかった。
私の、唯一の、仲間と居られる機能なのに。
・・・違う。
そうじゃない。
索敵はちゃんとしていた。
ただ。
自分の「視たもの」は、ただ眼に映った映像でしかなく、「その意味」を認識していなかった。
今でも、鮮明に思い出せる。あの時、視えたもの。
ジェロニモは、ジョーの急所は外していた。
頸を絞めてはいても、気管を潰さないように。
完全に頚動脈を圧迫しないように。
巧みに。
仲間を、ジョーを、殺さないように。
いくら催眠状態でも、人は、本当に自分が望まない事は、命じられても決して実行しない。
そんな事もわかっていたのに。
なのに。
ジョーが頸を絞められているのを見た瞬間。
他の全ての事はどうでもよくなってしまった。
・・・周囲を敵に囲まれていたら、きっとあの時に死んでいた。
ノックの音に顔を上げる。
ドアを開けると、そこには009が立っていた。
「・・・やあ」
「ジョー。・・・どうしたの?」
「006に頼まれてね。君に持って行ってくれ、って」
見ると、009の手には盆があった。その上には二人分の今日のおやつ。
「ありがとう。・・・入って」
「いや、でも・・・」
戸口で躊躇する009。
「女性の部屋に入るのは・・・」
くすっ。
思わず笑みがこぼれる。
この前私が怪我をした時は、ずっとつきっきりだったのに。
それに。
二人分なのに。
おやつを運んで、それで帰ってしまうつもりだったの?
「だって、私、いくら好きなものでも二つは食べられないわ」
にっこり微笑む君を見てやっと気付いた。
・・・そうか。
好物だから、006が気を利かせて君に二つ作ったという訳ではないのか。
「一緒に頂きましょう」
さっき久しぶりに003の笑顔を見たような気がする。
西部からの帰途も、ずっと沈んでいた君。
やっと、笑ったね。
あの時。
この人は、私の失言をひとことも責めなかった。
ジェロニモの心を守ろうとし、更には私の心まで守ってくれた。
強くて優しい人。
・・・私も、そうなりたい。
少しでも「仲間」として認めてもらえるように。
もっと強くなりたい。
仲間にあんな事を言ってしまった私だけど、嫌われたくないから。あなたには。
・・・「あなた」には?
ふと浮かび上がった自分の想いに驚く。
手を止めて、思わずじっと見つめてしまう。目の前の人を。
「・・・何?何かついてる?」
「ううん。何でもないわ」
微笑んで、自分の手元に目を落とす。
今日のおやつをスプーンですくって。
「やっぱり二つ食べたかった?」
「えっ」
顔を上げると009がいたずらっぽく微笑んでいた。
「もぅ・・・ジョーったら」
このひとに嫌われたくない。
「ジェロニモは・・・いつ頃、帰ってくるかしら」
思わず問うていた。悔恨と共に。
「・・・彼は、大丈夫だよ」
009がこちらを見て優しく言う。
「大丈夫。きっと、もうすぐに帰ってくるさ」
「・・・そうね。そう、思いたいわ」
しばしの沈黙の後。
居辛くなったのか、009が席を立って窓を開けた。
外は夕焼けで朱色に染まっていた。
「西部で見たのと同じだね」
「ほんと・・・きれい、ね。とっても」
胸の中には、まだ悔恨が残っている。
おそらくずっと消えはしないだろう。
もっと強くならなければ。
仲間の誰をも傷つけずにすむように。
もっと強く。
「・・・考えすぎなんじゃないかな。003は」
ポツリと独り言のように呟いて、それきり黙ってしまった。
どうして泣きそうになったのか自分でもわからない。
穏やかな瞳で海を見つめるあなたの横顔。
私はその横顔をずっとずっと見つめていた。
見つめていれば、答えがみつかるような気がして。