第11話「よみがえった幻の総統」
「wahrnehme」

 

 

「お前たちは一体、どうなってるんだ?」

ある日、004が003に問うた。

「お前たち、って・・・。私と、誰のこと?」
「お前・・・」

本当に気付いてないのか。
心の中で舌打ちする。

「・・・いいよ。何でもない」
「え、でも」
「いいって。悪い。聞かなかった事にしてくれ」

それきり背を向けてしまった004に声を掛けられず、003はそっと部屋を出た。
首を傾げながら。

『お前たち』?・・・って、私と、誰のこと?

 

004は日本に帰ってきてから、いつにも増して無口だった。
何か考え込んでいるような時が多くなった。

けれど、誰も何も言わない。
いくら仲間といっても、全てを打ち明けている訳ではない。と、ひとりひとりがわかっているから。

・・・そう。私だって、西部での事は誰にも言っていない。
みんなが心配そうに、でも訊けずにいるのも知っていたけれど、でも言わない。
知っているのはジェロニモとジョーだけ。

ジェロニモは、あのあとしばらくしてから元気に帰って来た。
いつもの優しい笑顔を湛えて。
出迎えて、思わず泣いてしまった私に、黙って胸をかしてくれた。
そっと抱いてくれた腕の温かさに安心して・・・なかなか涙が止まらなくて、彼を困らせてしまったけれど。

 

 

 

 

つい、口が滑ってしまった。
油断した。
ベランダで海を見ながら、迂闊な自分に顔をしかめる。
あいつらの事は、放っておくはずだったのに、何を干渉しているんだ俺は。

・・・ただ。
あいつらを見ていると・・・オマエと一緒にいた日を思い出すよ。
どうしてなんだろうな、ヒルダ。
ただただ楽しかった日々。
ふたりで見るもの・聞くもの全てが楽しくて。

それは、もう手に入ることがない想い。

・・・だと、思っていた。

 

・・・俺は。
オマエの事だけを・・・。

 

 

 

 

「・・・ねぇ、張大人。『お前たち』って、誰と誰の事だと思う?」
じゃがいもの皮を剥きながら首を傾げる。
「さっき、アルベルトに言われたの。・・・私と、誰の事を指していたのかしら・・・?」
鍋をかき回し、味見をしていた006は思わずむせてしまい、激しく咳込んだ。
「急に何を言うアルね。びっくりシタヨ」
「ごめんなさい」
006の背中をさすりながら、003は続ける。
「それでね、『どうなってるんだ?』って」
じっと003の顔を見る006。
どうしてアルベルトはそんな事をフランソワーズに言ったアルかね?
「なに?何かついてる?」
「なんでもないアルよ」
再び、鍋をかき混ぜる。

「ジョーの事じゃないのか?」

背後から声をかけられ、一瞬ジャンプする006。
「びっくりするネ!・・・またつまみ食いに来たアルか」
「人聞きの悪い事言うなよ。いい匂いがしてきたから、ちょっと寄ってみただけだって」
「そう言って、また何かくすねるコンタンね!」

006と002の遣り取りを見て微笑みながら。
心の片隅で、いまの002の言葉を反芻する。

ジョーのこと?
ジョーのこと、って、何が・・・?

『お前たち』が、私とジョーの事を指しているっていうの?

・・・私、と、ジョー。

なぜ?

『どうなってるんだ?』って、私とジョーがどうなってるんだ?っていうこと?

・・・どう、って、何が?

何やら考えこんでいる風の003。すっかり手が止まっている。
その様子を見て、006は声をかけた。
「フランソワーズ、手伝いが来たから休んでていいアルよ」
「え、でも・・・」
「このくいしんぼ、ここで手伝わせるアル」
「えーっ。俺が手伝うのか?」
逃げようとする002のシャツを丸々とした手でぐわしっと掴む。
「男も料理くらい出来なくちゃもてないアルよ。包丁を持つアル!」
しぶしぶフランソワーズから包丁を受け取る002。
「・・・いいの?」
「ま、たまにはな」
「じゃ・・・お願いね」
キッチンを後にする。
その後ろ姿を見つめ、ほっと息をつく006。
それにしても、アルベルトといいジェットといい・・・大きい坊やたちもしょうがないアルね。

 

 

 

キッチンを出てリビングに向かったが、そこには004が居たので踵を返し、庭に出てみた。
潮風が心地良い。

きれいな夕陽。

西部で見た夕陽は胸が痛かったけれど。

「あれ、003?」
背後から声を掛けられる。
「今日は夕飯当番って言ってなかったっけ」
振り返ると、全身油で汚れている009が立っていた。
「まあ。なに、その格好!」
「車の整備をしてたんだ」
にこにこと機嫌が良さそうに。
「ちょっと汚れちゃったけど」
「ちょっとじゃないでしょ?・・・誰が洗うと思ってるの?」
軽く怒ったふりで、睨んでみる。
「いや、・・・これはいいんだよ。作業着だし」
「駄目よ。汗だってかいたでしょ?」
「う、うん・・・」
「着替えたら、ちゃんとランドリーに出しておいてね?」
「わ、わかった」
なんとなく後退する009に、思わずくすりと笑みを洩らす。
いつもは頼りになる009なのに、普段はダメね。・・・世話のかかるひと。
そんなところも好きだけど。

 

 

・・・え?

 

 

「003?どうかした?」
009を見つめたまま固まってしまった003を不思議そうに見つめる。
「・・・003?大丈夫かい?」

はっと我に返る。
私・・・いま、何て思ったの?

 

好き・・・?

 

私が、ジョーを?

 

・・・好き?

 

「だ、大丈夫よ」
言って、視線を逸らす。

 

私・・・


・・・私は。


ジョーが、好き・・・?

 

「車が好きね、ジョーは」
「うん・・・まぁ、だからレーサーになったわけだし」
「レースは時々テレビで観ていたわ」
「本当?」
「殆ど優勝してたわね」
「・・・いや、負けたのもあったよ」
でもどこか嬉しそうに。

車の話になると饒舌になるひと。
そんなところも・・・

 

好き。

 

ジョーと居ると楽しい。
ジョーと話すと嬉しい。

褐色の瞳も。
はにかんだ笑みも。
優しい声も。
ぜんぶ、好き。

 

私は、ジョーが好き。

 

隣に立つ009の横顔をそっと見つめる。

・・・だから、私はあの時あんなに慌てたの?
あの時。・・・西部で、ジョーが首を絞められた時。
何も考えられなかった。
ジョーが死んでしまうと。彼が居なくなってしまう、と。
そしてそれは・・・とても怖かったから。

どうして怖かったのか、今までわからなかった。
でも。
今、わかった。

 

夕陽が沈んでいく。
「・・・そろそろ、部屋に入らない?」
009が静かに声を掛ける。
それに頷いて。
「ちゃんと着替えたら、出しておいてね?部屋におきっぱなしはダメよ」
「はいはい」
「返事は一回」
「はーい」

くすくす笑い合いながら。

ひとりは大切な想いを抱き締めながら。