「・・・あの」

気付くと話しかけていた。
別に沈黙が息苦しかった訳じゃない。
そうではなくて、ふと訊いてみたくなったのだった。

「どうして、わたし達のこと・・・?」
こんなに親身になってくれるのか、不思議だった。

「うん・・・」

危なげないハンドルさばきで疾走してゆく車。
かなりスピードが出ているけれど、不思議と恐怖感はなかった。
・・・当たり前よね。レーサーなんだから。

「僕には昔、恋人がいたんだけど」
過去形で話している。けれど、寂しそうではなく淡々と。
「ある日突然、姿を消した」
「姿を消した、って・・・」
それって。
「まさか・・・」
「ウン。生きているのか死んでいるのかわからないよね。
散々、探したけれど、未だにわからないんだ」
そんな凄まじい話を淡々と語るこの人が、この時不意に怖くなった。
だって。
哀しくない、の・・・?

「だから、お互いに生きているのに会えないなんて、そんなのダメだよ。
会いたくても会えない人だっているんだから」
「・・・そうですね」
「だから、君たちのこと放っておけなくて」

くす。
必死なこの人を見てると、何だか笑えた。
だって。
本当に一生懸命で・・・そして、おせっかいなんだもの。
わたし達のことなんて、周囲の人はみんな見て見ぬふりをしていたのに。

私の笑い声が聞こえたのか、いっしゅん瞳がこちらを見た。

「え。・・・変、かな」
「ううん。ごめんなさい、つい」
「おせっかいだと思ってるだろう?」
「あ、イエそんな」
慌てて打ち消そうとしたのに。
「・・・いつも言われるんだよなァ。放っておけ、って」
ため息まじりに言われる。
「お友達に?」
「あ、ウン。まぁ、そんなとこ」
という事は、こんなおせっかいをよくしているって事?
・・・変なひと。
「あ。笑ったな」
「だって。そうは見えないのに」
一見、クールで。そういう感情とは縁がなさそうなのに。

・・・あ、でも待って。
そうでもないかもしれない。
隣にいるとわかってくる。
何ていうか、雰囲気が・・・優しい感じ。のんびりしているというか。
瞳は哀しい色を湛えているのに、その奥はきっと温かいのだろうと思えるような。
・・・タケシさんに、少し似ている。

「いまお付き合いしている人っているんですか?」
「え?」
びっくりした顔を一瞬こちらに向けた。
・・・え?そんなに驚くようなこと?
「あ、ごめんなさい。プライベートな事を・・・」

「いや、かまわないよ」
そう言いながら、妙に動揺している自分に驚いていた。
一体、何に動揺しているというのだろう、僕は。
「でも、どうして?」
急にそんな質問をしてきたのだろう?

「・・・タケシさんと雰囲気が似ていたから」
タケシさんは哀しい瞳をしているけれど、強くて優しくて、ほわんと温かいの。
前に、彼にそう言ったら、彼は『それはチヨちゃんがそばにいるからだよ』と言っていた。
『だから、君が僕を優しい人にしてくれているんだよ』って。
自分のそばに好きなひとがいてくれる。だから自分も優しくなれる。
それは確かにそうだったから、つい、この人もそうなのかな・・・って思ってしまった。

「似ている・・・かな?」
「ええ。少し」
でも。
訊いてはいけない事を訊いてしまったみたいに、急にいたたまれない気持ちになった。

「・・・そう」

それきり黙ってしまう。
車内に沈黙が満ちる。

 

 

「それって・・・」

しばらくして。
運転席から呟くような声が聞こえた。
「・・・大切に思う人、っていう意味なのかな」

お付き合いしてる人、の質問の意味をずっと考えていてくれたのだろうか?

だから、言っていた。
「そうですね。・・・大切な、ひと」

 

 

・・・大切なひと。か・・・。

僕にとっての、大切なひと。
それは。

仲間。

それから・・・

博士。

・・・なんだけど。
そういう意味じゃ、ないのかな。

 

しばらくして。
隣に座る彼女が小さく言った。
「いま、そばにいたいって思うひと・・・いませんか?」
「えっ」
ハンドルを握る手が一瞬揺れる。

そばにいたいひと、だって?

「別に・・・いないけど?」
「うそ。誰か思い浮かんだひとがいるでしょう?」

・・・思い浮かんだ、ひと。

「そういう顔をしてたもの」

 

 

大切な、ひと。
そばにいてほしい、ひと。

 

さっき、真っ先に浮かんだのは、本当は仲間の顔ではなかった。
勿論、博士でもない。

でも、そんな自分に驚いていて、その気持ちをどう扱っていいのかわからなかった。

・・・僕が、一番最初に思い浮かべたのは。
心に浮かんできたのは。

 

・・・フランソワーズ。

 

何故だ。
彼女は「003」で。
「仲間」で。
そして・・・

 

・・・そばにいて欲しい、ひと。

 

 

「ね?そうでしょう?」
チヨが満足げに言う。

そうか、僕は・・・

 

僕は、フランソワーズの事が、好きだったんだ。