第14話「イルカにのった少年」
    憧憬

 

 

水棲人間にされていたメセラの手術は無事に終わり、回復も順調だった。
今日も003と手をつないで海岸を散歩している。

 

僕はお姉ちゃんが好き。誰にも渡さない。

 

 

その二人の姿をギルモア邸から見つめる009。
我知らずため息をつく。
「どうした?ため息なんかついて」
「いや・・・別に」
「で?そろそろメセラを国に帰すんじゃなかったのか」
「うん、そうなんだけど・・・」
当のメセラに帰る気が無いのである。もしかしたらこの先、ずっと居るのではないかと思う勢いなのであった。
「フランソワーズもそろそろメセラを帰さないと、と心配していたぞ」
「・・・そう」
004に重ねて言われてもぴんとこない。
何しろ、メセラが来て以来、003とまともに話していないのだから。
話そうとすると、いつもどこからかメセラが飛び出し、003を連れて行ってしまう。
明らかに009を敵視しているようなのである。
「ジョーはメセラに嫌われているんだよな」
「ジェット!」
ふらりと入って来た002は009を意に介さず続ける。
「メセラはフランソワーズをすっかり気に入っちまって、フランソワーズと一緒じゃないと帰らないって駄々をこねているのさ」
「は・・・ん。なるほどな」
にやりと唇の端を上げる004。
「いいじゃないか。フランソワーズにメセラを送って行かせれば」
「ところが、それだけじゃないんだな」
チッチッと人差し指を振る。
「ピュンマも一緒がいいんだと。何でも、奴の水中戦を目の当たりにしてすっかり惚れ込んじまったらしい。
奴さん、フランソワーズとピュンマをくっつけるつもりらしいぜ」
「ほう。・・・いいのか?ジョー」
2組の視線にさらされ、思わず一歩後退してしまう009。
「い、いいも何も、僕は別に」
「ふぅん?・・・フランソワーズとピュンマ。案外良いカップリングかもしれないな」
「祝福してやれよ、ジョー」
軽口を叩き合う二人を前に、返す言葉が見つからずただ立ち尽くす。

フランソワーズとピュンマ。・・・確かに、お似合いかもしれない。
ピュンマは僕と違って頭が良くて頼りになるし。いつでも冷静な判断を下せるし。
彼女をさらわれてしまうなどという失態も無いだろう。

「・・・あれ。黙っちまったよ。おーい、ジョー、聞いてるかー?」
002が目の前で手をひらひらさせる。
けれども、見えていないかのようにピクリとも視線は動かない。
「・・・おいおい、やめてくれよ。この前みたいになるのは」
003が怪我をした時、確かこんな風になっていたっけ。
あの時は大変だった・・・と、しみじみ思い出す。
「おい、ジョー?」
002が再度話しかけても動かない。
「オイ、ヤバイぞコイツ」
「・・・ったく。お前があんまりからかうからだ。・・・おい、ジョー!」
004が一喝すると、ピクリと反応があった。
「そんなに心配なら、お前も一緒に行けばいいじゃないか」
「・・・別に、心配なんか」
わざとらしく大きくため息をついてみせると、004は肩をすくめた。
全く。
フランソワーズがさらわれた時、必死の形相で敵の潜伏ポイントを割り出したくせに素直じゃないんだからな。

 

 

「ピュンマお兄ちゃんて強いんだね。僕、尊敬しちゃったよ」
海岸で行き会った008に纏わり付くようにしてメセラが言う。
「たった一人でやっつけちゃうんだもんね。凄いや!」
「別に、大した事じゃないよ」
「ううん、凄いってば本当だよ?僕あの時、何度ももう駄目だって思っちゃったもん」
008の手を握ってキラキラした瞳で言う。
「僕もお兄ちゃんみたいに強くなりたい」
「なれるさ」
「本当?僕、頑張るよ」
「いい子だ」
「そして、頑張って強くなって、そうしたらお姉ちゃんをお嫁さんにするんだ」
「ふぅん・・・ええっ?!」
突然の話の飛躍に驚く。
「変かな。だって僕、お姉ちゃんが大好きなんだ。優しくしてくれたの、お姉ちゃんだけだったもん」
「フランソワーズだけ、って・・・ジョーも居ただろう?」
「駄目だよ、あんなのっ!!」
あんなの・・・。激しい拒否にしばし呆然とする。
「僕とお姉ちゃんがさらわれた時だって、助けに来てくれなかったもん。お姉ちゃんはずっとジョーの名前を呼んでたのに」
呼び捨てか。手厳しいな。
思わず苦笑する。
「どうしてお姉ちゃんはジョーなんかがいいんだろう。絶対、ピュンマお兄ちゃんの方がいいのに」
「え!?」
「ピュンマお兄ちゃんは、お姉ちゃんのこと嫌い?」
「嫌いじゃないよ」
「じゃあ、好き?」
「好きだよ」
「じゃあ、じゃあさ、僕が大人になるまで、お兄ちゃんがお姉ちゃんを守ってよ!」
「・・・いいけど。ジョーも入れてやってくれよ」
「ヤダ」
それっきり、プイっと横を向いてしまう。
・・・参ったな。
そりゃ僕はフランソワーズを守るけど、それはあくまで仲間としてであって。
それ以上となると・・・。
ぞくっと身体を震わせる。
アイツが拗ねると面倒くさいんだよ。しかも、勘違いでもされてみろ。アイツの目線だけで僕は瞬殺だ。
それだけは勘弁して欲しいと思う008なのであった。

 

 

翌日。
008と003はメセラをなだめるのに必死だった。
メセラは、009も一緒に行くのは嫌だと大騒ぎしているのだ。
「メセラ。どうしてジョーも一緒に行ったらいけないの?」
「だってアイツ、弱いもん」
弱い・・・。
子供のきつすぎるひと言に、一瞬静寂に包まれるギルモア邸。
「メセラ。ジョーは弱くないわよ。私とメセラを助けてくれたじゃない」
「違うよッ。僕を助けてくれたのはピュンマ兄ちゃんだもん!」
ま・確かにな。と呟いた002は、004に部屋の隅に引っ張られて行った。
「もう・・・困ったわね」
そっと視線を動かすと、ひとりポツネンと立っている009の姿が見えた。
「わかったわ、メセラ。じゃあ、こうしましょう。メセラはピュンマに送ってもらうの。私は、行かない」
「えーっ、やだよ、お姉ちゃんも一緒でなくちゃ」
「だって。メセラはジョーが一緒なのは嫌なんでしょう?」
「うん」
「だけどね」
メセラの両肩にそっと手を置いて。
「お姉ちゃんは、ジョーが一緒じゃないと嫌なの。・・・わかってくれる?」
「・・・」
じいっと蒼い瞳を見つめ、何やら考え込む様子のメセラ。
「・・・わかったよ、お姉ちゃん」
「いい子ね」
にっこり笑んだ003を見て顔を輝かせたメセラは、009の元に行くとぎゅっと手を握った。
「ゴメンね、ジョー。一緒に来てくれる?」
「・・・ああ。もちろんさ」
ギルモア邸にやっと平和が訪れた。

 

 

4人が出掛けてから。
リビングでお茶を飲む一同。
「それにしても・・・メセラを説得するためとはいえ、フランソワーズもさらりとよく言ったよな」
感心したように言う002。
「あんさん、わかってないアルね全く」
006が情けないと言いたげに002の肩にキセルを打ちつける。
「あれは本心アルよ。ただ、言った本人は気付いてないアルけどね」
「そうそ。メセラでさえわかったっていうのに、全く。ジョーの奴も全然わかってねーんだからなッ」
007も重ねて言う。
「彼女がああ言わないと場が収まらなかったから言った、とか思ってるぞ。絶対」

 

一方、ドルフィン号の中では。
窓に張り付いて雲海を眺めているメセラ。
それを横目で見つつ。
「さっきはありがとう、フランソワーズ。君がああ言ってくれなかったら場が収まらなかったよ」
「ううん。だって、最初からこの件に関わったのは私たちですもの。ジョーもちゃんと見届けたいんじゃないかと思って」
「助かったよ」
にっこり笑みを交わす二人。

その姿を後方の座席から見つめる008は、深い深いため息をついた。
自分の存在をすっかり忘れ去っている様子のこのふたり。
そんなふたりと一緒にドルフィン号に乗るのは、もしかしたら敵に一人で立ち向かった水中戦より厳しいかもしれない・・・。
メセラを降ろしたら、自分は海を泳いで帰ろうかなーと思う008なのであった。