その日の夕食後。
006に代わり後片付けを終えた003は、灯りを落としたリビングにひとり座っていた。

今日は長い一日だった。

思い出すのはゲヴァルト教授の言葉だった。

全ては偽りの愛だったのだと。
妻の最期のひと言で全てを否定し、妻との思い出を自ら闇に葬った。
そして、ロボット・スクナと009を戦わせた。
恋敵であるギルモア博士と自分との決着をつけるために。

――愛が偽りだったんなんて・・・・。
きっと、そんな事はない。
アスターシャは・・・そう、「自分の残された時間」を間違えたのよ。
本当はきっと、ゲヴァルト教授の名を最期に呼びたかったはず。
だけどその前に「彼女の時間」は終わってしまった。
・・・悲しかったでしょうね。最期に夫の名を呼ぶ時間がなかったなんて。
――でも。
それが――教授が、博士を憎む理由にはならない。
彼は自ら自分の心の闇を覗いてしまった。
そうして、生前の妻との愛を、楽しかった日々を全て忘れてしまった。

ぶるっと身体を震わせる。

――私は。
もし、目の前にいる彼が――ジョーが、誰か他の人の名前を呼んだら。
彼のことを嫌いになるかしら。
恨むかしら。
「僕から離れるな」という言葉も偽りだったと、そう思うのかしら。

「僕から離れるな」

あの時。
本当は、「仲間」として心配してくれているのか「恋人」として守ってくれているのかわからなかった。
彼はいつも私を不安にさせる。
近付いたと思っても、次の瞬間にはとても遠い。

そっとため息をついた。

・・・でも。
彼の気持ちは、いまは見えないけれど。

でも。

いまは、このままでいい。
「仲間」でも「恋人」でも、彼のそばにいられるなら。
それだけで――いい。

 

 

「――あれ?フランソワーズ?」

戸口から009が顔を覗かせた。

「どうかした?」
「ううん。・・・ちょっと疲れたな、ってぼーっとしてただけ」
「そう」
「ジョーの方こそ、どうしたの?」
「あ、ウン。さっき部屋に行ったらいなかったから・・・」
探してたんだ、と言って照れたように瞳を伏せた。

そんな009の姿を見て、003から笑顔がこぼれた。
席を立ってドアのそばの009の元へ行くと、そっと彼の背中に手を回し身体の向きを変えた。

「寝てなくちゃダメでしょ?本当は重症なんだから」
「もう大丈夫だよ」
「だーめ」

有無を言わさず背中を押して、彼の部屋の方へ向かう。

「眠くないしさ」
「だめよ」
「大丈夫だって」
「だーめ」
「もう痛くないし」
「だめ。いう事を聞きなさい」

 

――心の闇なんかに私はとらわれない。
私は、ゲヴァルト教授のようにはならない。

そうはならないわ。

絶対に。