第20話「裏切りの砂漠」その後
月夜

僕の耳には、まだあの時の彼女の言葉が残っている。
「あなたの、鋼鉄の身体で!!」
鋼鉄のカラダ。
ナイフの刃も銃弾も通さない、僕の体。
仲間と一緒に居る日々の中では思い出さずに済んでいた。
でも。
一歩、外の世界へ踏み出すと途端に「異端」になる。
それが、僕たち。造り物の内蔵と、鋼鉄に包まれた身体。
望んでこうなった訳ではない。
でも、もう元に戻ることも叶わない。
機械で出来た身体を持つ僕たちは、どう生きれば良いのか。
彼女が言ったように、無償の愛で人間を・・・生身の身体を持つ者たちを守ればいいのか。
それはいつまでなのか。
いつかは開放されるのだろうか。
機械の僕たちに、幸せな未来なんていうものがあるのだろうか。
それとも、そう生きなくても良い別の道があるというのだろうか。
けれど。
道を選ぼうにも、選ぶ道そのものが無いのだとしたらどうしたらいい?
ただ、道無き道を進んでゆくしかない。
前を行く者も、後ろに続く者も、誰もいない道を。
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ふわっ。
不意に背中が温かくなった。
何かふんわりと柔らかくて、温かい。
僕の脇から、ひょい、と顔が覗いた。
「ジョー?何を考えているの?」
蒼い瞳が少し心配そうに揺れる。
「・・・別に。何でもないよ」
そう答えると、一瞬、瞳に影が射した。
けれども、ほんの一瞬。
僕から離れると、隣に立って窓枠に腕をかける。
「きれいな月ね。一人で見ていたなんてズルイわ」
月を見つめる君の横顔が、あまりに綺麗で・・・儚くて、僕は見惚れていた。
「ごめん。良く眠っていたから」
起こせなかった。
「だって、それはアナタが」
言いかけてこちらを向いた君と目が合うと、君は頬を染めて口をつぐんでしまった。
その細い肩を抱き寄せて、亜麻色の髪に囁く。
「ゴメン」
「もう・・・。ジョーの意地悪・・・」
僕の胸に頭を預け、月を見上げる。
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僕は勘違いしていた。
君も「仲間」なんだから、僕達と同じように鋼鉄の身体を持っているのに違いないと。
さしたる根拠もなく、そう思っていた。
だから、常に繰り返される「生身に近い」「生身の部分が多い」という言葉にも注意を払っていなかった。
でも。
君の身体は僕達とは全然違っていた。
「普通の」人間。普通の女の子と同じ柔らかさだった。
一瞬、疑ったくらいだ。
本当は改造なんてされていないんじゃないかと。
でも、そんな事がある筈もなく。
間違いなく君も、道なき道をただ進むしかない、選択肢を奪われた者のひとりだった。
月をみている君を抱く腕に、いつの間にか力をこめていたことに気付いて、慌てて緩める。
気をつけないと、壊してしまう。
こんなに柔らかい身体なのだから。
そんな僕の慌て具合がおかしかったのか、君は目を丸くして、その後くすっと吹き出した。
「そんなに気にしなくても大丈夫よ。簡単に壊れはしないわ」
考えようによっては哀しい台詞を、君はこともなげにさらりと言ってしまう。
「・・・フランソワーズ?」
「なぁに?ジョー」
素直な、まっすぐな瞳。
「その・・・僕の身体は君と比べたら、・・・硬いし、頑丈だし、重いし。体温だって低いし」
ナイフの刃も通さず砕く、僕の身体。そんな凶器のような身体に抱き締められて、きっと苦しかったに違いない。
・・・はずなんだ。
けど。
当の君はずっとくすくす笑いっ放し。
「何を言い出すのかと思ったら。ジョーってば、もしかしてずっとそんな事を考えていたの?」
思わず顔を背ける。頬が熱い。
「ふふっ」
僕の腰に腕を回し、抱き締める。君が、僕を。
「こうしていると安心するの。とっても」
でも。
僕の体は・・・抱き締めて心地良いものではないはずだ。硬くて。冷たくて。
「どうして気にするの?・・・こんなに温かいのに」
温かい?僕が?
「そうよ。・・・知らなかったの?」
うん・・・知らなかった、よ。
「・・・そう。知らなかったの」
唇に笑みを浮かべて、君が僕を見上げる。不思議な色を湛えた瞳で。
僕は思わず君の体を抱き締めた。
「ちょっ・・・ジョー?」
構わず、ぎゅっと抱き締める。さっき君が大丈夫だと言ったから。
柔らかくて温かい君の身体と、鋼鉄で冷たい僕の身体。
それでも君は温かいと言ってくれた。
僕の腕の中に居ると安心するといってくれた。
泣きたくなるくらいの、想い。
「・・・・・・・・・・・・・・」
亜麻色の髪に顔を埋め、僕は囁く。
君にしか聞こえないように。
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僕達が進むのは、「進む」以外の選択肢を奪われた道。
他に誰もいない、孤独な道。
だけど僕は感謝している。
君と出会うことができた奇跡に。
「鋼鉄の身体」
そう黒い瞳の彼女は言った。
異種のモノを見るように。
けれど、いま、君は僕の「鋼鉄の身体」が温かいと言ってくれた。
安心すると言ってくれた。
孤独な道を進むしか選択肢が無いのなら。
せめて僕は、君の安心できる場所で在りたい。
きっと、鋼鉄の身体だからこそ、そう在ることができるのだから。
・・・もうあの言葉も聞こえてこない。
そして君は、ゆっくりと腕を回して、僕の体を抱き締めてくれた。