第20話「裏切りの砂漠」
黒と蒼

 

黒い瞳の彼女。

僕は本当に彼女のことが好きだった。
彼女と一緒に居る時だけは、自分が機械の身体を持っている事を忘れられた。
普通の恋人同士で居られた。
何もかもが楽しかった。ただ一緒に居るだけで。
その時間は永遠に続いてゆくのだろうと、何の根拠もなく信じていた。
けれど、彼女は突然、僕の前から姿を消した。
文字通り、消えてしまった。
僕の、彼女への想いを置き去りにして。

 

 

蒼い瞳の彼女。

僕は彼女が好きだ。
彼女がいないと、夜も明けないし日も暮れない。
僕の何と引き換えにしても良いくらい大切で、たぶん、愛している。

・・・ねぇ。
君は、いなくならないよね?僕の前から。

消えたりなんか、しないよね?
もし、君が僕の前から消えてしまったら、僕は・・・・

 

 

 

 

マユミさんに再会したのはほんの偶然だった。
しかも、彼女の方から僕を頼って会いに来てくれた。
単純に、嬉しかった。
何故なら、彼女はいつも・・・自分が少し年上なのを気にしてか、恋人として付き合ってはいてもどこか遠慮していて、
僕に頼るという事はなかったから。
その彼女が、初めて僕を頼ってくれている。
本当に、嬉しかった。
彼女の瞳を見た瞬間、懐かしい思いが甦った。

好きだった。本当に。

あの時彼女が僕の前から消えずにいたなら。
きっと今でも恋人だったのだろうと思う。
再会した彼女は今も変わらず綺麗で・・・僕の胸はざわついた。
彼女の黒い瞳は、僕を落ち着かなくさせる。
深い、深い、黒。
彼女の黒い瞳に自分の姿が映るのを見るのが僕は好きだった。
彼女の声も。絹のような髪も。・・・紅い唇も。
でも。
彼女は思い出話をしに来た訳ではなかった。
彼女には今恋人がいて、その彼と一緒に逃げるため護衛をして欲しいという。
護衛を。
彼女から見れば、僕はただの昔の恋人にすぎない。
警察関係でもなければSPでもない。ただの、「昔の恋人」。
なのに、僕に護衛を頼む?
疑問は湧いたけれど、一蹴した。
深く考えたくなかった。
・・・理由はどうであれ、自分を頼ってくれた事が、自分を信じてくれた事が、ただ嬉しかったから僕は承諾した。

そして一緒に砂漠を渡った。

 

 

でも、甘かった。

僕はその時、自分の甘さを突きつけられ、ただ呆然としていた。
「あなたの鋼鉄の身体で」自分達を守れと彼女は言った。
サイボーグなのだから、人間を守るのは当たり前なのだと。
そうでなかったら、僕に会ったりなんかしなかったと。

僕は彼女が好きだった。
本当に。

だけど。

彼女は。
マユミさんは。

僕の事など、とっくに忘れていた。
僕がサイボーグでなければ、きっと再会もしなかった。
僕はとうの昔に彼女の人生からは消えていたのだ。

置き去りにされた、僕の彼女への想い。
でもそれは、ただの懐かしさだけだった。
僕の、彼女への想いは・・・既に風化していた。
「彼女を好きだった」という記憶の外殻が残っているだけの、中身の無い残骸。
彼女に言われて気がついた。

だけど・・・もう遅い。

僕はここで、死ぬ。

 

 

僕の視界を見慣れた赤い色が遮った。
・・・みんな、来てくれたんだ・・・

目の前が暗くなる寸前、蒼い色が僕を捕らえた。

ああ、僕の好きな蒼だ・・・

そう、ぼんやりと思った。
「フラン・・・ソワ・・・−ズ」
小さく呟く。

いま彼女がそばにいてくれたらいいのに。
一人で死ぬのは、やっぱり嫌だな・・・

意識がなくなる寸前、僕が求めたのは君だった。