気がついたらメディカル・ルームにいた。

全身が痛んだけれど、気にせず身体を起こし、外に出た。

仲間の驚く顔が僕を迎えた。
制止の声と、それでも操縦席に向かう僕に対する非難の声。

それも、気にしなかった。

僕は彼女を守ると約束したから。
ただそれだけを考えていた。

席について操縦桿を握る。が、手に力が入らない。

駄目か・・・。

泣きそうな思いで操縦桿を見つめる。
すると、僕の手にふわりと白い手が添えられた。

「どうしたいの?」
小さな声。
「・・・機首を。南へ」
「わかったわ」

僕の手の上から操縦桿を操作する、白い手。

君の顔が近くにある。
誰にも聞こえないくらい小さい声で、君は言った。
「彼女たちを見捨てるようなあなたじゃないから、私は」
好きになったのよ。と、最後は耳元で囁いて。

君の瞳に涙が浮かんでいた事に、僕は最後まで気付かなかった。

 

 

メディカル・ルームのベッドの上。
救出した彼女の消耗は激しく、彼女の恋人よりも意識の戻るのが遅れていた。
僕を見限った彼女は、それでも最後の最後まで気力を奮い立たせ、自分の恋人を庇っていた。
昔の恋人ではなく、今の恋人を。
疲労の色が濃い彼女の顔を、僕はさしたる感慨もなくただ見つめていた。

瞼が揺れて、そっと目が開く。
黒い瞳。

僕は彼女が好きだった。
でもそれは昔の記憶の残骸にすぎなかった。
抜け殻の、中身の失い想い。
今は、その記憶の輪郭さえも薄くなり・・・ぼんやりと消えてゆく。
・・・僕は、彼女のことを・・・。

フランソワーズが気を利かせて出て行こうとする。
その手をそっと握る。
ここにいて・・・と、小さく訴えると、僕の手を握り返し、少し寂しそうに微笑んだ。

彼女は第一声で自分の恋人の名前を呼んだ。
その姿を見つけると、安心したように微笑み・・・そうしてから、やっと視線が僕を捉えた。
フランソワーズの手が、僕の手をぎゅっと握り締める。
ちら、と見ると目が合った。
心配そうな瞳。
・・・大丈夫。
僕は微笑むと、黒い瞳をまっすぐ見つめた。
このまま港まで行くという説明をする間、一度も逸らさずに。

黒い瞳は、僕と隣のフランソワーズを交互に見つめ・・・やがて、目を伏せて淡く笑んだ。