第24話「世界平和会議を守れ!」
防護服

 

もしかして、僕の防護服は他のみんなと比べて「弱い」んじゃないだろうか?

胸部にきっぱりと開いた穴を見つめ、009はひとり思い悩んでいた。

自分は傷を負う機会が多い。
それは、自覚している。
ジェットなら、あっさりかわすような。
アルベルトなら、そもそもそういう事態にしないような。
ピュンマなら、戦況を見る余裕があって。
けれど自分は。
激情のまま、真正面から突っ込んでしまう場合が多々、ある。
その結果、急所というべき胸部に傷を負う事が多い。
そのたびに仲間に救出されてはいるが、これでは自分はただのお荷物なのではないだろうか?
もっと冷静に闘えるようになりたい。
そう思う気持ちとは裏腹に
でも、闘いのプロになんてなりたくない。
とも思う。
自分の気持ちを持て余しつつ、とりあえず目下の関心事は。

この穴をどうしよう?

と、いう事だったりする。
もちろん、003に言えばひとつ返事で繕って貰えるだろう。
でも。
・・・もう、何度目だ?
防護服それ自体を駄目にしてしまったことも、ゼロゼロナンバー中最多である。
特殊繊維だから、量産できる代物ではない。
だから、全部新調するとなると、博士と001の力が必要で・・・。
ああもう。
だから僕は駄目なんだ。
戦闘になると、感情に流されがちで。
結果として勝利をおさめても、後にはたくさんの後始末が残っているという有様。
この防護服ひとつにしても。
博士と001の仕事を増やしているだけで。更には003にも手間をかけてしまっている訳で。
でも、知り合いの女の子には頼めないし。
と、003が聞いたら柳眉を逆立てそうな事を検討してみたりもする。

それにしても今回は派手に裂けたものである。
もっとも、防護服がそれだけの被害にあったということは009も無傷なはずもなく。
胸部のパーツを破損してしまった。
もちろん、破損したパーツの交換という処置だけで済むから、009にとってはかすり傷程度のものではあるけれど。
ただ、その破損した機械が露出し、普通のひとに見られてしまったということが問題だった。
しかも、見られたのは、昔なじみの田辺ユリ。
改造前にお世話になった田辺博士の娘だ。
当時、荒れていた009を諌める、姉のような存在だったユリ。
それは再会した今も変わらなかった。
だが。
告げよう告げようと思っていた矢先、はからずも負傷したために機械の身体であることを白日の下に晒してしまった。
話すよりも先に、ユリの視覚に訴えてしまった。
全く、自分はいつもうまく立ち回れない。それは、今に始まったわけではないけれど。

防護服を見つめ、やや暗い思想になりそうだった自分を叱咤する。
だめだ。こんなんじゃ。
むしろ・・・そうだ。
もうユリは僕が生身ではないことを知っているんだ。
だったら。
この特殊な防護服の修理も頼めるのではないだろうか?
しかも田辺博士なら、特殊繊維の件も御存知のはずではないだろうか?
勝手な事を考えて、勝手に結論を出した。

よし。
そうしよう。
今から行けば、明日までには修理できているはず。
部屋を出ようとしたところで、ノックの音に内心びくっとする。

「ジョー?・・・いま、いいかしら?」
003の声だった。
「あ、うん、いいよ。大丈夫」
防護服を背後に隠す。
「・・・具合はどう?」
どうやら、今日彼が負った傷を心配して来てくれたようだった。
「ウン。どうってことない。」
「・・・そう。良かったわ。ところで」
視線が009の背後に送られる。
「あら。ちゃんと出しておいてくれたのね。防護服」
手を伸ばす003にたじろぎながら、一歩後退する009。
「お洗濯と修理をするから」
渡して、と、小首を傾げつつ手を伸ばしてくる。
「え、いや、これは」
「なに?」
「・・・別に」
抵抗する間もなくあっさりと奪われる防護服。
うなだれる009。
「・・・どうかした?」
防護服を広げてチェックしていた003が不思議そうに見つめている。
「・・・また、余計な手間をかけさせちゃったなと・・・思って」
蒼い瞳が丸くなる。
「ジョー?・・・もしかして、熱でもある?傷が痛むとか」
彼が闘いのあとに落ち込むのは珍しい事ではないけれど、防護服ひとつで落ち込むのを見るのは初めてだった。
「毎回毎回、申し訳なくて・・・」
「ジョー?」
えと。
こういう場合ってどうしたらいいのかしら。
えーと。
こういう場合の彼への対処の仕方は・・・。
今までの彼のデータを総動員して瞬時に考える。
ええと。
彼の場合、目の前の事「だけ」に対峙している訳ではなくて、それに関連してあれこれ思い悩んでいる場合が多いから・・・。
両手を広げて、彼の身体をそっと包んでみる。
背中をぽんぽん、と叩いたりなんかもして。
「大丈夫よ。あなたはあなた。それでいいの」
「・・・・」
「誰も怪我しなかったし・・・ね?」
あなたはいつでもそう。
自分が怪我しても、他の人は必ず守る。絶対に守る。
そこまで思って、ちょっと苦い記憶を呼び起こしてしまい、ちらっと眉間に皺を寄せる。
「でもフランソワーズ、怖い顔してる」
え、と顔を上げると009がじっと見つめていた。
「眉間にシワ」
おでこをつんと突かれる。
「もうっ。そんなの見なくていいの!」
言って009から離れる。
「とにかく、これは修理して洗濯するから。予備の防護服はあるんでしょう?」
こくんと頷く009を確認して。
部屋を出ようとしたら腕を掴まれた。
そのまま抱きすくめられてしまう。

あーあ。もう・・・。
今日中に防護服の修理、しておきたかったんだけどな。
こうなったら離してくれないのよね。・・・しばらくは。

 

009の防護服。
いつも一番動いているから、消耗が激しい。
裾が擦り切れたり、布地が薄くなったりしているのはざらだし、本人もそんな事には構わず闘っている。
008や004に言わせれば、「猪突猛進のバカ」「要領が悪すぎる」と散々だ。
確かにそれも正論だけど・・・。
逆に、防護服が傷むからと何にもしない009も嫌だわ。
彼女の胸の上で寝息をたてている彼を起こさないように、そっと身体をずらし、傍らの防護服を広げてみる。
・・・気付いてないわよ、ね。絶対。
破損するたびに修理するのは003だった。それは、誰の防護服でもそうで、009だけ特別という訳ではない。
けれども。
先日、修理した部分をそっと触れる。
そこには同じ赤い繊維で小さく刺繍がしてあった。
いつからか、怪我が多い009に対して「必ず還ってくるように」と始めた彼女だけの秘密。
だから、駄目よ。
他のひとに修理を頼んだりしたら。