第34話「あした鳴れ愛の鐘」
  別離

 

幸せそう・・・。

カトリーヌとフィリップ。普通の、幸せな恋人同士。
・・・本当に、良かった。
ふたりの姿を階下からそっと確認する。見上げる窓辺には、寄り添う姿。
開け放たれた窓から、ふたりの会話が風に乗って運ばれてくる。
「また、会えるかしら。フランソワーズに・・・」
「会えるさ、きっと」
「・・・そうよね。いつまでも大切な友達だもの。会いたいわ。またいつか」
私もよ、カトリーヌ。
でも・・・。
不意に涙がこみ上げる。
おそらく、その日は来ない。
ううん。ネオブラックゴーストとの戦いが終わったら。そうしたら。
また、二人でバレエを。

・・・どうしても、さようならが言えなかった。大好きなカトリーヌに。

 

日本へ帰る前に、もう一度パリの街を目にやきつけておきたくて。
無理言って、一人にしてもらった。
懐かしいパリの街。
思い出がそこここに潜んでいて、ふとした拍子に姿を現す。
それは、そこの角だったり、ショーウインドウだったり、あの店のテーブルだったり。
昨日、彼と二人で歩いた時はそんな事は無かった。
彼と一緒の時は、昔の思い出に捕らわれる事も無く・・・。

でも、いまはひとり。

パリの街、パリの思い出。
ひとりで歩くと少し辛い。

戻っておいで

手招きされているようで。
その思いに負けそうになる。身を委ねてしまいたくなる。
戦いを忘れて。
彼のことも・・・忘れて。

いいえ、駄目。
忘れられない。
だって、忘れたら。
この街に身を委ねてしまったら。

きっともう彼には永遠に会えない。

あの優しい茶色の瞳を見つめる事もなく。
見つめられる事もなく。
泣いている私を静かに抱き締めてくれる優しい腕もなく。

私はひとりになってしまう。

ううん。
私が居なくなったら。
彼も・・・彼を、ひとりにしてしまう。
初めて会った頃の、寂しい瞳。

そんな事はできない。
彼の心を守る。って、私は決めたのだもの。

 

もう一度、パリの街を振り返る。
さようなら。
大好きな街。
でも、お願い。
もう私を呼ばないで。
行かせて。

待っていてくれる、あの人の元に。