梅雨前線
昔から、梅雨は嫌いだった。 蒼い空が見えない。
連日、振り続ける雨。 降り続く雨。 全てのものが鉛色に染まる。 「どうかしたの、ジョー?」 物思いに囚われている僕を心配して、いつものようにフランソワーズはそっと腕に触れた。 「――別に」 言って、手を外す。 「ジョー?」 心配そうな声を遠くに聞きながら、僕は鉛色の世界に飛び出した。
憂鬱だった。
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少しは気が晴れるだろうかと愛車を走らせても、街は鉛色の世界のままだった。 ――嫌なら日本から出て行くしかない。 そんなことが頭の中に浮かび上がる。 とてもそうは思えない。 こうして走っているのもそうだ。 蒼い空が見えない。 蒼い海が見えない。
ひとけの無い場所で車のモードを変えて上昇した。
雲の上は一面の蒼空だった。 ああ。 蒼い。 蒼くて――まぶしい。
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「お帰りなさい」 フランソワーズは訊かない。僕が突然、外に出たわけも。どこで何をしていたのかも。 「――イワンのミルク、買ってきたよ」 理由になっているだろうか? 「まァ、ありがとう。もう少しで切れるところだったの」 無邪気に微笑むフランソワーズ。 僕は忘れていた。 フランソワーズの蒼。 僕の大好きな蒼。 つられて僕も笑った。 久しぶりだった。
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「ドウシタノ、ふらんそわーず?」 キッチンでミルクを作っていると、待ちきれなくなったのか揺り篭がふわふわと漂ってきた。 「うん…ミルクなんだけど」 さっきジョーに渡された新しい缶を見つめて息をつく。 今月、これで何個目かしら。 収納棚は既にいっぱいになってしまって、床に置いた箱の中も半分以上埋まっている。 「たくさんあるのは良いんだけど」 前のように、一晩行方不明という事もなくなったし。 「僕ハ、イイケドネ。タクサンアッテモ困ラナイヨ」 イワンにミルクを飲ませながら。
2015/6/2加筆修正 |