戦っている相手、つまり敵に攫われるのは初めてではなかった。

サイボーグとして他の者より非力な私は格好の的だからだ。
だから、捕えられ仲間に見せ付けられ取引きの条件にさせられる。
つまり、「003の命が惜しかったら降伏しろ」ということである。

そういう足手まといにはなりたくないから、私は極力注意をしてきた。隙をみせないように、攫われないように。
そのあたりはみんなも同じだったようで、私の周りには常に誰かがいた。
特に009。
彼は私を守るのが義務のように思っていて、片時も目を離さなかった。

だから。

今のこの状況は、彼にとって痛恨の極みだろう。
果てしなく落ち込んでいるに違いない。

 

私は体を起こしてみた。
が、動かなかった。

薬物でも投与されたのだろうか。
体全体が重く、思考もなんだかぼんやりしていてまとまらない。
視界もまったくきかなかった。「目」を使っても何も見えないのだ。もちろん「耳」も同様で使い物にならない。
003対策の施してある部屋なのかもしれないと思うとげんなりした。

いったいここはどこなのだろう。

そして、いまはいったいいつなのだろう。

攫われてどのくらい経っているのか、それも定かではなかった。


みんなはどうしているだろうか。

戦況は。

 

そして。

 

……009は。

 


 

 

攫われたのは索敵をしている最中だった。


索敵中はそれに集中しているから、私は身近なこと――つまり自分自身の身の回りのこと――に関しては全く注意を払わなくなる。というかできなくなる。それこそ、自分の身などどうでもよくて、いかに上手く仲間にせまる危険を知らせられるか、安全な退路を教えられるか、それしか考えないといってもいい。

自分のことは二の次。

それは、003として機能してからは当たり前のことだった。自身を犠牲にして仲間を助けるなどという崇高な思いなどではなく、ただ、それが私の役目なのだとそう思っていた。

だってサイボーグなのだ。それも戦うための。
それぞれが自分の能力を有効に使って戦う。それがきまり。

だから私が「眼」と「耳」を使って戦うのは当たり前のことだった。

しかし、「レーダー」として機能している間の私は、それこそ格好の的だった。
無防備もいいところ。狙ってくださいと言っているようなもの。

もちろんそんなことはみんなが知っていたから、最前線に出ることはなくいつも常に後方に位置していた。
前線に出る必要なんてないのだ。出なくても見えるし聞こえる。戦況は手に取るようにわかるのだから。
だからいつも誰かがいる安全な場所で索敵を行っていた。

そこを狙われた。

ほんの数分――あるいは数瞬――手薄になった隙を衝かれた。
衝かれたのだろうと思う。なにしろその辺りの記憶はあやふやなのだから。

ただ、安全な場所にいたはずなのに攫われたということだけは事実だった。
だって私はドルフィン号のなかにいたのだから。

そこで敵に攫われるなど誰が予想できただろう?

 


 

 

思えば、敵は何かシールドのようなものを使っていたのだろう。
今居るこの場所が「眼」と「耳」を全く使えないということからそう考えるのが妥当だ。
敵は私のレーダーにまるっきり引っかからなかったのだから、同じ物質が使われていたのだろう。

私は改めて周りの様子を探ってみた。

 

……。

 

何も見えない。


何も聞こえない。


時間の経過も何もわからない。


真っ白いだけの部屋。広いのか、狭いのかもわからない。
ここは地下なのか地上なのか、あるいは乗り物のなかなのか。

それさえもわからない。

攫われて、目覚めたらここにいた。単純に考えれば数時間といったところだろう。
私はいったいどのくらい意識を失っていたのだろうか。


――ううん。

ちょっと待って。


違う。


私――目覚めてから、本当にずっと起きている?


起きていた?

意識はずっと保っていた?


…わからない。


私は自分の腕を見るともなく見てぞっとした。
防護服の袖が捲くられていて――私は自分で捲くってはいない――そこに注射痕があったのだ。両腕とも。


なに?

なにこれ。

全く記憶にない。
ないけれども――もしも薬物投与がずっとされているのだとすれば、私自身の感覚などあてにならない。

 


 

 

敵は時々姿を見せるようになった。
とはいえ、やって来る敵は頭から白い長衣を被った姿だったから、毎回同じひとなのかそうでないのかわからない。
たぶんあの長衣はスイッチひとつで私の視界から完全に消えることが可能なのだろう。だから、あるいはひとりと見せかけて複数がこの場所に入ってきているのかもしれなかった。

そう考えると、今も誰かがそばにいるようでぞっとする。

そうやって精神的苦痛を与えようとしているのだろうか。私にとって、ここにこうしてただ捕らわれたまま何もできないということだけで十分な苦痛であるのに。

そう――何もできない。
「眼」と「耳」が封じられなくても、私は非力だった。

サイボーグであるというだけでなんの力もないのだ。
だからこうして攫われて、人質になって、取り引きの条件にされようとしている。
けれどもその前に、敵は私を精神的に追い詰めようとしているのかもしれない。
だからこんな部屋に閉じ込めたのだろう。

私はそう推測していた。

だからなぜ、敵がここに来て姿を見せるようになったのか目的がわからなかった。
このまま私を消耗させることが目的なら、姿を現さないでいればいいのに。

 

敵は食事を運んで来るだけだった。

話は何もしない。

注射もしない。

薬物は――もしかしたら食事に入っているのかもしれない。でも、かといって全く口にしないわけにもいかなかった。
私が疲弊して体力を失ってしまえば永遠にここから逃げることができくなってしまう。
きっと仲間は必死に探してくれているだろうし、もしかしたら既にこちらに向かっているかもしれないのだ。
いざという時、逃げる体力は維持していなければならない。

それは、攫われてしまった時の私の最低限の決め事だった。

 


 

 

一週間が経った。

正確には、ここに来て目覚めて食事をするようになってから一週間ということだ。
食事が運ばれてくる回数を数えたらそうなった。

依然として、ドルフィン号からここまでどのくらいの時間が経過していたのかわからないし更にはここに来て目覚めるまでどのくらい経っていたのかもわからないままだった。
だから厳密には一週間以上というところだろう。


…一週間以上か。

攫われてから助けが来るまでこんなにかかったことはなかった。大抵は一日か、長くても三日。そのくらいだった。

この場所がわからなくて難渋しているのだろうか。

ありそうなことだった。
なにしろ、ここはレーダーにひっかからないのだ。もしかしたら、このまま永遠にわからないのかもしれない。


…まさか、ね。

そんなことはない。
きっと今にも009が乗りこんでくるはずだ。

 

私はまだ楽観的に考えていた。

この時は、まだ。