「落ち着け、009」
003が攫われてから一ヶ月が経過していた。メンバー全員が血眼になって捜す中、それをあざ笑うかのように敵の攻撃はぱったりと止みついには姿を現さなくなった。 つまり。 敵の目的は003を捕獲することだったのではないだろうかということである。そうだとすれば、003を攫ったことで敵の目的は達成されたわけだから、これ以上の攻撃もなければ接触もないことになる。003を交換条件になどするはずもない。 助けにいかなければ、このまま永遠に003に会う事はないのだ。
003は忽然と消失したのだった。それもドルフィン号の中から。 いま彼女はどこにどうしているのか。 003救出の見込みは全く立っていなかった。
視覚と聴覚。 003消失を映していたドルフィン号内の監視カメラの映像を繰り返し観ると、どうやらその二点にポイントがあるようだった。音と映像。どちらも何か不自然なのだ。 いったいどんな目くらましが使われており、そして今現在もどうやって彼女を隠しているのだろうか。
「――まさか、な」 同じく疲労の色が濃いギルモア博士がふと呟いた。 「…まさか」 繰り返す。 「――ブラックゴースト…いや、まさか」 まさか。 しかし。 「…まさか、アイツが…?」 博士の目の焦点が合った。
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『そこに居るのに見えない、聞こえない敵とはどうやって戦うべきだと思う?』
『心理的な要因ではなく、そう――映像を伝えない、像を結ばない、情報を伝達しない。そういう方法が見つかれば侵入も容易だし慌てて逃げる必要だってない。むしろ武器だって要らなくなる。なんて便利な最終兵器なんだ!』 そう思いませんかとそう訊かれ、同じ職業の先輩であるギルモア博士は思わないと答えた。 『どうしてですか。今やっている研究の究極ですよ。それにこの技術は売れる。売り物になるならブラックゴーストは金をいくらでも払ってくれる。いいことづくめだ。綺麗ごとを言っているけど、ギルモア博士、あなただって金につられてここへやって来た。そうでしょう?資金を気にせずいくらでも好きな研究ができるんだ。しかも、人体実験もし放題。犬や猿で我慢しなくていいんだ。こんな素晴らしい所、ほかにはないですよ』 彼は優秀な眼科医であり、サイボーグナンバー003の開発を手がけていた。 「003」は既に何体も造られていたが、未だに完成には至っていなかった。 使い物にならない――それはつまり、データをとることができないという意味である。 目下のところ、彼の一番の興味は新しい「003」の改造にあった。 『やっぱり目と耳という繊細な器官の開発だから、女性だよなぁ。がさつな人間は駄目だ』 彼の手がけている新しい「003」はフランスの少女だった。名前は知らない。ただ、彼はその「003」が強靭な精神力の持ち主であることを知り、まるで面白いおもちゃを見つけたように彼女を使ってあらゆる実験データをとることに心血を注ぎ――のめりこんでいったのだった。
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「まさに妄執といっていいだろう。彼は若い医師であり、若さゆえに暴走した。ブラックゴーストに加担することも何の罪の意識も覚えなかったし、実験が成功すれば有頂天になりもっともっとと更に続けた。だから」 だから。 彼のおもちゃである「003」が反旗を翻して脱走した時はどうだっただろうか。想像することは容易だった。 「――まさか、まだブラックゴーストにいるとは思わんが…」 どこかのラボで実験を続けており、そして成功していたのだろう。 「無論、彼はただの研究者であるから、実際に003を攫ったのは他の人間だろう。が、しかし」 しかし。 と、いうことは。 ずっと捜していたお気に入りのおもちゃを取り戻したら、次は――?
「…おそらく、また実験を再開するだろう」 ため息をつくようにギルモア博士は締め括った。それにつられるようにメンバー全員も深い息をついた。 しかし、全く手立てがないものまた現実だった。 しかも既に一ヶ月が経過しているのである。既に実験が始まっている可能性もじゅうぶんにあった。
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