「どうして誰も助けに来ないのか、不思議じゃないかい?」

それは――確かにそうだった。
でも考えないようにしていた。

「つかまっているからだよ、全員」

医師はおかしくて仕方ないというように笑った。

「そんな驚かなくても、ちょっと考えたらわかることだろう?きみを攫うのも簡単だったんだからさ。見えない敵とは戦えない。僕は何度もギルモア博士にそう言ったんだけど、そういう研究は必要ないと言われた。――バカだよなぁ。ブラックゴーストに加担しておいて何を正義漢ぶっているんだか。人類が居る限り戦争は無くならない。だから、レーダーに引っかからない兵器は需要がある。金になるんだ。だから僕は好きな研究を今も続けていられるわけだし、こうして――」

私の顎に手をかけて顔を覗き込んでくる。が、それを払い除けることはできなかった。
まだ麻酔が効いているのか全く動けないのだ。

「こうしてきみを見つけることができた。こんな嬉しいことはないよ、003.いや――フランソワーズ。きみの目は本当に素晴らしい。もちろん耳もそうだ。それに何より被検体として必要なものは全て持っている。あとはきみからこの素晴らしい研究に進んで協力を申し出てくれれば申し分ないのだけどね」

イヤだ。

しない。

協力なんて絶対に。

私はサイボーグだけど兵器になんてなりたくない。

ならない。

「うーん。まだ麻酔が切れないから喋れないか。もっとも、喋れなくてもどっちでもいいんだけど。だってきみに選択肢はないんだよ?」

笑う。

「大切な仲間を傷つけたくないだろう?きみが大人しくいう事をきいてくれれば全員無事に帰してあげるよ。だけど抵抗するなら、そうだなぁ…きみがうんと言うまで、全員の身体の一部を分解していこう。二度と修復できなくなるように念をいれて。いったいどのくらいもつかな」

――全員。
本当に全員捕まっているのだろうか。

まさか。

「あれ、信じてないの。…まぁ、それならそれでもいいさ。でも、だったらあれだよ。きみの大事な009から先にやっちゃうよ?ね。そのほうが覚悟が決まっていいかもしれない。だってどうせ絶対に誰もきみを助けになんて来れないんだし、かすかな希望なんてないほうがすっきりするだろう?」

うん、そうしよう――と笑って、私から身体を離し誰かを呼びに行ってしまった。

私はひとり残された。

混乱したまま。

 


 

 

どうしよう。

本当にみんな捕まっているのだろうか。

ありえなくはない。でも――

 

私は手術室からまたもとの部屋に戻されていた。
相変わらず白くて何もない部屋。音も聞こえない。何も見えない。完全な孤独の部屋。
だけど考える時間はあった。

確かに彼の言う通りで、私をドルフィン号からあっさりと攫ったのであれば他の仲間を攫うのだって可能だろう。
でも、そう易々と皆がつかまるとは思えない。

 

――嘘かもしれない。

 

私はこうして周囲の状況が全くわからないでいるから、彼が言うのが嘘なのか真実なのか知る術はない。更に言えば、私はつかまってからせいぜい一週間から10日くらいだろうと思っているけれどそれだって不確かな感覚だ。
もしも連日薬物を投与されて知らない間に手術が行われていたとしたら、あるいはもっと日数が経っている可能性だってある。

だから。

だから、そのくらいの時間があれば、あるいは本当に全員がつかまっているのかもしれない。
しかも――「003の命が惜しかったら」などと言われたとしたら?全員が武装解除するだろうことは想像に難くない。
もしも私を必死で探してくれていたなら、むしろ進んでそうしただろう。


…やっぱり本当に全員がつかまっているのだろうか。


ここはどうやらラボの中らしいから、彼のような医師や科学者はたくさん居るのだろう。
そして、私たちサイボーグについて彼は資料を持っているから、どこをどう破壊すれば動けなくなるか、更には死んでしまうか熟知している。

と、いうことは。

もしもつかまっているということが真実ならば。
私が実験に協力しない限り、全員が死ぬ。


私のせいで。

 


 

 

「決心はついたかい、フランソワーズ」


翌日(たぶん翌日だろう)、食べ物をトレイに載せて持って来たのは彼だった。
いつもの白い長衣を着てはいない。姿がはっきり見える。

「顔色が悪いね。きみの具合が悪いと悲しいよ。さあ、しっかり食べるといい」

目の前にトレイを置いて、すぐそばに腰掛ける。
食欲は無かった。でも食べないわけにはいかない。倒れたりするわけにはいかないのだ。

「――じゃあ、楽しい話をしようか。きみの大事な大事な009の話だ」

大事な009。

いつそんなプライベートなことを知ったのだろう。
ブラックゴーストから逃げた時はまだ、私は009に特別な感情を抱いてはいなかった。

「うん?どうして知ってるのかって?――言ったじゃないか、きみを散々捜したと。その調査の段階で、きみが009といい仲だということは簡単にわかったよ。いやあ、よりによってサイボーグ同士とはね。笑っちゃうよね。何も仲間内でくっつかなくたっていいのに。きみも009も普通の人間とつきあえる身体なんだし」

視線が私の身体を這う。が、それは研究者の視線だった。冷たい――機械を見るような。

このひとは以前からそうだった。

私は「003」であったけれども、人間だとは思われていないようだった。名前があることすら知らないようだった。
だから、私が003と呼ばれても反応しなかったら大層驚いて――誰かから聞いたのか、ある日突然フランソワーズと呼ぶようになったのだった。

「で、その009なんだけど、きみの話をしたら興奮して手に負えなくなってね。しまいには電気ショックで心臓を止めなければならなかったよ」

な――に、それ――心臓を――止め、る?

「彼の弱点はきみなんだってね。ということは、きみの弱点は彼なのかな?」

楽しそうに話しているけれど私はそれどころじゃなかった。
だって、009が――ジョーが。死――?

「ほうら。気が変わったかい?大丈夫だよ、まだ生きている。殺してないよ。僕は医者だからね、殺すなんてことはしない。ただ、実験の結果、残念ながら命を落とすということはあるけれど。サイボーグの心臓なんか止めるのも動かすのも簡単だからね」


――死んではいない。


でも。

 

私が協力すると言わない限り、ジョーは。