「協力する気になったかい、フランソワーズ」


医師は毎日やってきて私に尋ねる。


「――まぁ、テストは勝手にこっちでやってしまっても構わないんだけどね。でも、きみからの主観的な情報がないと不具合もわからないし進展も無い。すっかり困ってしまっているんだよ」

だから協力してくれないかなぁとのんびりと言う。まるで天気の話をしているかのように。
確かに、私が協力しないとデータが揃わないのだろう。何のどんな実験なのかは知らないけれど――どうせ、これは見えるかとか聞こえるかとかそんなものだろう、いつもそうだったし――私の出す「答え」が無い限り、彼らにとってこの開発研究が実戦に使えるものなのかどうか判断できないのだ。
つまり私は、兵器として協力を求められているというわけ。
例えて言うなら、新しいミサイルの破壊力をテストするというのと一緒。

冗談じゃない。
誰が協力なんかするものか。


「嘘ついてもいいからさ。見えるのに見えないって言ってもいいし」

それは一番初めのテストの時にやってすぐに嘘だとばれてしまった。
そんな昔の話を持ち出されて私の頬は熱くなった。

「いや、嫌味を言ってるんじゃないさ。あの時のきみはかわいかったなぁと思ってね。抵抗のつもりだったんだろう?」

…そうだけど。
だってそのくらいしか思いつかなかったし、実際にできなかった。
後で脳波を監視されていたと知って、何をしても無駄なのだと悟った。

「嘘もデータになるからいいんだよ。あれもとても役に立った。だからきみは貴重な被検体だったのに。僕から逃げるんだもんなぁ。本当にずっと心配だったんだよ?ギルモア博士のメンテナンスで大丈夫かなって。きみの目と耳はとても繊細だからね、本当は専門医じゃないと駄目なんだ。僕みたいな、ね」

別に不具合は無いし、実際、「普通に見えて聞こえ」ればそれで良かった。
どこまでも見えて聞こえる機能なんて要らない。

「まぁとにかく、早く決心してくれないときみの大事な仲間がとても困ったことになってゆくよ。わかってる?特にきみの009が、ね」

きみの009。

私の009。

私の――ジョー。

私が協力しない限り彼は助からない。

と、この医師は言っている。

けれど。


私は知っている。
そんなことははったりだということを。

 


 

 

私は、敵に攫われることに慣れていた。取り引きの条件にされることも。卑怯な手段に使われることも。
敵につかまるということはそういうことなのだから。

でも、だからこそ知っている。

その「条件」にされている間は絶対的に安全なのだということを。

実は仲間の前に引き出された時が一番危険なのだ。取り引きが破綻してもしなくても私は危害を加えられる。
しかし、ある一瞬だけ隙ができる。その時が救出のチャンスとなる。だからその一瞬を狙って、仲間の誰かが――大抵は009が――私を助けてくれる。

だから。

今、取り引きの条件になっているのは009。
ということはつまり、私が実験に協力すると言わない限り彼は安全のはずである。
だってそうでなければ取り引きにならない。もしも、「協力してくれないから殺した」なんてことになったら、私は金輪際協力なんてするわけがないのだ。
そのくらいこの医師だってわかっているだろう。

だから、大丈夫。

今現在、009も仲間もみんな無傷でいるはずだ。

もし私が「協力するからみんなを助けて」と言って、実験のテストを始めてしまったらその時こそ用済みとなったみんなは、009は抹殺されてしまうだろう。

だから私は絶対にイエスとは言わない。

言わない間は彼らは絶対に大丈夫なのだから。

 

「うん?――フランソワーズ、何を考え込んでいるんだい?」


医師の顔が目の前にある。随分至近距離から私の目を覗き込んでいる。

私の目。

彼の興味は私のこの眼だけなのだ。

 


 

 

「まったく。きみも009も強情だよなぁ。そうそう、こんなことを言っていたよ。僕はどうなっても構わない、だから実験に協力なんかするな――ってね。泣かせるねぇ。どうなっても構わないって。言われなくてもどうとでもするのに」


――え?

話が…違う?


「だってもったいないだろう?更に改造を加える機会をみすみす逃すバカはいないよ」


更に――改造?

加える?


「いいことを思いついたんだ。きみに実験をしない代わりに009に改造を加えるっていうのはどうか、って。彼はどう答えたと思う?」


まさか。


「即答したよ。自分のことはいいから003は助けろって。だから決めたよ。009の改造も進めることにね」


――やめて。

だって、だって009は――ジョーは。

自分がサイボーグであることでとても苦しんで――


「ほうら。きみは自分から進んで実験に協力したくなってきただろう?他の奴らは知らないけど、僕はきみのデータさえ取れればそれでいいわけだし009なんかに興味はないんだ。だから、言ってやってもいいよ。きみが僕に協力してくれるなら、009に手を出すなってね」

 


 

 

ラボが見える。

 

幾人かの白衣を着た医師もしくは科学者が集まって、なにやら相談しているようだった。

手にしているのは、――設計図?

 

いや、違う。

 

あれは。

 

あれは――009の解剖図、だ。