009に改造手術を施す。


いったいどうしてそんな酷いことができるのだろう。
ブラックゴーストは滅んだはずなのに、どうして人間は同じようなことをしてしまうのだろう。
人間がいる限り悪は滅びはしない――とブラックゴーストは言っていた。そう009は言った。
確かにその通りのようだった。
ここは、ブラックゴーストではないけれどもそれに類似した組織だ。

どうしよう。

どうしたらいい?

もちろん、私が実験に協力すると言えばいいのだ。
それが一番手っ取り早く、しかも彼らの欲しがっているのはそれなのだから。
だから、ジョーを助けるためなら私は一分でも一秒でも早くその旨を伝えるべきである。

私は心を決めた。

けれども、こういう時に限って誰もやっては来ない。

いらいらする。

こっちが心を決めて返事をしようとしているのに、誰もいないのだ。
まさか、私の返事を待たずに勝手に009の手術を始めているわけではないでしょうね?

まさか――そんな。

ううん、落ち着くのよフランソワーズ。
彼らはそんなことはしないわ。だってもしそんなことをしたら、私は絶対に協力しないもの。


――でも。

彼らが嘘をついていたとしたら。
もうとっくに009の身体にメスをいれているのだとしたら…?

私は白い部屋のなかをうろうろと歩き回っていた。

 

「おや、今日はどうしたんだいフランソワーズ」


突然、背後から声をかけられて飛び上がりそうになった。
いつもの医師だ。今日も白い長衣を身につけてはいない。それを言うなら他の者もそうで、この部屋にやって来る者は以前のような長衣をまとってはいなかった。誰ひとり。

「いつもはじっと座っているのに今日は妙に落ち着きがないね」

――伝えなくては。
私は実験に協力すると。だから、ジョーを――009を助けて、と。

「…もしかして決心してくれたのかい?実験に協力してくれるって」

頷く。

「本当かい?嬉しいなぁ」

だから早くジョーを。009を解放して。

「そうかそうか。きみは僕らの仲間になるんだね。そうと決まったら、さっそく準備をしなくちゃ」

え、ちょっと待って。その前にジョーを。

「あ…っと、その前に」

ええそうよ、その前に009を解放してくれなければ話が違う。

「――その前に、フランソワーズ」

目が合った。

「きみが本気だということを証明してもらわないとね」

証明?

「実験に協力してくれるなら、正確なデータが欲しい。もちろん、嘘をつかれてもそれも確かにデータには違いないし、使えないことはない。でもやはり最初はちゃんと真面目にやって欲しいんだ。だってきみは僕たちの仲間なんだからね。どうせ実験をするなら、ちゃんと仲間になったという確証が欲しいしいなくならないという証明も欲しい。今度こそ勝手に逃げ出したりしないという」

――逃げたりなんか、しない。だって私だけ逃げるわけにはいかない。

「だから…ね?きみがもう009なんかのことを忘れるようにしたいんだ。だって思いが残っていればいつか彼の元へ行きたくなってしまうだろう?それじゃあ困るんだ」

009のことを忘れる。……記憶操作でもしようというのだろうか。

「記憶操作だけしてもいいんだけど、それじゃあいつか何かのきっかけで思い出す可能性がある。だからちょっとトラウマを作らせてもらうよ?」

トラウマ?

「そう――例えばきみが他の男のものになったとしたら、きみはもう009の元へは行きたくないだろう?」

 


 

 

009。


ジョー。


褐色の瞳。
寂しそうで哀しそうで、でも優しい。

金色に近い褐色の髪。
その髪に隠されていつもは片目しか見えない。
けれど私は知っている。その前髪に隠された瞳には彼の本当の気持ちがいつも映っているということを。

哀しい気持ち。

辛い気持ち。

でも、とても優しくて温かくて、――大好きなジョー。


大好き。


大好きなジョー。


あなたにはいつも幸せな思いで居て欲しい。
だから、改造手術なんて絶対に受けさせない。

もしももう二度と会えなくても、それでも私はあなたのことを思っている。

あなたが生きていてくれればそれでいいの。

幸せに。


幸せで。


幸せでいて、ジョー。


大好きだから。

 


 

 

003の行方は杳として知れなかった。
ゼロゼロナンバーサイボーグの誰もが憔悴しきっており、そろそろ諦めの気配が漂い始めていた。


「くそっ。いったいどうすれば居場所がわかるんだ」


誰もが何度そう口にしただろうか。
そして、何度そう口にしたところで答えが返ってこないのも一緒だった。

そうして無為に時間だけが過ぎてゆく。


「こうしている間にも003は」

 

――003、は。