「大好きな003」
〜「好き」だけじゃやっていけない〜

 

 

フランソワーズが落ち込むとやっかいだ。

これはもう、絶対的にそうなのだ。

フランソワーズは誰の目にもわからないように落ち込むけれど、実はそう思っているのは本人だけで僕たち仲間には全部手にとるようにわかってしまう。
だから余計にやっかいなのだ。
なにしろ、背中を小突かれフランソワーズのご機嫌伺いに送りだされるのは僕なのだから。

フランソワーズを慰め力づけるのは僕の役目。
それは、恋人同士であれば嬉しいことなのだろうけれど、でもそれは普通の恋人同士に限って言えること。

僕たちは――僕は。

フランソワーズがどうすれば笑ってくれるのか、さっぱりわからないのだ。

数回経験してもわからない。
いったい何をすれば彼女が元通りの明るさを取り戻してくれるのか。

いつもいつの間にか勝手に立ち直っているから、僕は何の役にもたっていないのだろう。
だからフランソワーズを慰める役目なんて務まっていないことになるわけで、たまには別の奴がやってみればいいと思う。
でも、そう思いつつも、そんな思いとは別に――他の男がフランソワーズを慰める役目を担うなんてとてもじゃないけど許せないし、絶対に嫌だった。

だから、やっかいなのだ。

僕はフランソワーズをどうすれば元通りにすることができるのかわからないのにその役目を他の奴がするのは嫌なのだ。
絶対的に役に立たないくせに、それでもフランソワーズを誰かに任せる気になんてならない。

全く、どうすればいいのだろう?

 

  

 

 

「あら、ジョー、どうしたの?」


僕がキッチンに入っていくと、フランソワーズがくるりと振り返った。
どうしたの、って僕のほうが訊きたいよ。
その莫大な量のリンゴをどうしようというのだ。

「別に。何してるのかなって思って」
「みんなのおやつを作っているの」
「・・・ふうん。何?」
「見てわからない?」
「うん」
「アップルパイよ」

アップルパイ。
きっと何個作る予定なのかは訊いちゃいけないんだ。

「手伝うつもり?」

フランソワーズの瞳がきらりと輝いた。

「いや、手伝わないよ」

僕は両手を挙げて軽く後退した。

「そう。良かった。ジョーが手伝ったら別のものができちゃうわ」
「酷いなあ、最初からあてにしてなかったってことかい?」
「もちろんよ。ジョーには手伝わせないわ絶対」

僕は食事当番も免除されているのだ。

「ジョーに手伝わせちゃいけないってわかるまでけっこうかかったわよねぇ。みんな、まさかジョーが原因と思ってなかったし」

フランソワーズは何か思い出したのか、くすくす笑いながら過去の話を蒸し返す。
僕は憮然としながら、半分聞き流していたのだけど。途中から、フランソワーズのくすくす笑いが止んで――輝くようないつもの笑顔になったのがわかった。

「――だからあの時のジョーったら・・・あらヤダ」

自分の手元を見て目を見張る。

「私ったら、いったい何個作るつもりだったのかしら?」

知るもんか。

「もうっ。ジョーもぼーっと見てないで注意してくれればいいのに」
「え。いやぁ・・・」

フランソワーズが何かを大量に作るべくキッチンに篭っている時は、彼女が落ち込んでいる時なのだ。
たぶん、手を動かしていると気が紛れるのだろう。でも意識はそこにないから、ただの流れ作業になって大量に作ってしまうのだろう。
僕はそう思っている。
だからフランソワーズが我に返って驚くというのは、立ち直ったということになる。今回も、いったい何が彼女を元通りにしたのか、僕には皆目わからなかったのだけど。

「もうっ。ジョーったら」

フランソワーズが頬を膨らます。

「愛が足りないんだから!」

いや、足りないどころか。
こんなわけのわからない役どころをこなす僕って、けっこう愛に溢れていると思うけど?


落ち込んでいる時のフランソワーズはやっかいだ。
でもそんな彼女を元通りにできるのは僕だけなんだし、その役目を他の奴に譲る気はない。かといって、何をどうすれば元通りになるのか手段や方法はさっぱりわからない。

わからないのに、こうしてここにいるっていうのは――

「好き」ってだけじゃやっていけない と、僕は思うんだけどね。フランソワーズ。