E<ただいまとおかえり>

 

「ねぇ、ジョー?」
「うん?――何?」

ただいまとお帰りとたくさんのキスを交わしたその後。
ジョーの部屋で、彼の膝の上で、フランソワーズは彼の肩にもたれて甘えた声で言った。

「レースの時はちゃんとしているのに、どうして普段は外してるの?」
「何が?」
「コレ」

彼の左手を両手で包み、そうっと撫でる。

「ユ・ビ・ワ」
「――ああ」

ふっと笑うと、そのままフランソワーズの鼻の頭にキスをする。

「やっ・・・もうっ、ジョーったら」

真っ赤になって鼻を押さえて身を引くフランソワーズを優しく見つめ、ゆっくりと抱き締めた。

「――それはね」

指輪をしていると一緒に居るような気持ちになって、落ち着くんだよ――

耳元で言われ、フランソワーズはくすぐったそうに身をよじった。
けれどもジョーは構わず、そのまま彼女の耳に唇をつけた。

「だって、――だったらどうして今は外しているの?」
「んっ?・・・目の前に本物がいるのに?」

一瞬、見交わす目と目。

「――もうっ。・・・ジョーのばか」

指輪よりも写真よりも何よりも。

「やっぱり、本物には勝てないよ」

何よりも実物のフランソワーズが一番だった。

「――ただいま」

そうっと唇を重ねる。

「おかえりなさい――」

 

 

 


F<新しいルール>

 

「――駄目だよ。ほらっ。――決めただろう?さっき」
「だってそんなのっ・・・ジョー、ずるい」
「ずるくないよ。ちゃんとした勝負で決めたんだから」
「・・・だけど」

あっち向いてホイなんて、やったことなかったもの。

「ホラ、流すから目つむって」

頭からざばっと容赦なくかけられるお湯に目をつむる。
そして、額に張り付いた髪を手でよけると、その手を掴まれた。

「駄目だってば。今日、髪を洗うのは僕」
「だって・・・」
「乾かすのも僕だからね?」
「・・・そんなに楽しいものじゃないと思うんだけど」
「何言ってるんだい。楽しいに決まってるだろ?」

ちゅっと額にキスされる。

「もうっ・・・ずるいわ」
「いいって言ってたじゃないか」

だから、勝負の手段があっち向いてホイだなんて思わなかったもの。

そう言う代わりにため息をひとつ。
楽しそうに私の髪にコンディショナーを塗っているジョーを見つめ、

「これからずうっとあっち向いてホイで決めるの?」
「そうだね」
「こっちは初心者なのよ?手加減してくれないの?」
「――だからあっち向いてホイで勝負するのに決まってるじゃないか」
「ジョー、ずるい」
「駄目だって。動いたら目に入るだろ?――ずるくないよ。この新ルールは僕が作ったんだから僕が勝たなくちゃ」

その新ルールだって勝手に作ったくせに。・・・しかも、私が眠っている時に。

「何か言った?」
「・・・ううん」

もういいわ。
『勝った方が相手の髪を洗う』ルールって変だと思うけど、・・・ジョーが楽しそうだから。

「ホラ。目をつむって」
「ん」

と、目をつむったら。

お湯で流される代わりに唇を奪われた。

「!――も、ジョーっ・・・」
「――黙って」

 

 

 

この数分後にピュンマと鉢合わせすることになるのは、この時の二人はまだ知らない。

 


G<扉を開けたら着替え中>

 

「ジョー?洗濯物、ここに置くわね」

突然ドアが開けられた。可愛い声と共に。

「あ?うん――ありがとう」

今まさに着替えている所だったジョー。が、全く動揺せず笑顔を見せる。

「――お尻」
「えっ?」
「お尻に痣があるわ。どうしたの?」
「痣?」
「ええ」

言って、険しい顔で部屋に入りあっという間にジョーのそばにやって来たフランソワーズ。
そうして、今彼が履いたばかりの下着に手をかけ、そうして――

「ほら。ここ」
「んっ?」
「・・・ぶつけたの?」
「いや?そんな覚えはないけど」
「・・・痛くない?」

ぷに、と指先でつついてみる。

「痛くないよ?」

そうしてフランソワーズを見つめてにやっと笑う。

「――もしかしたら、それって昨夜の」
「昨夜?」

ジョーの下着から手を離し、訝しそうに彼を見つめる。

「昨夜何かあったの?」
「きみと一緒だっただろう?」
「ええ。――それが?」
「きみがつけたんじゃないの?その痣」
「!!」

途端に真っ赤に染まる頬。

「そんなトコロにちゅーしたりしないわっ!!」

そうだったかなぁ・・・と呟くジョーの声をよそに、頬を染めたままフランソワーズは部屋を出て行ってしまった。