観に来ないで、って言ったのに。
群舞だし。
後列だし。
みんな同じ衣装で同じ髪型で同じ踊りをするのだから、どうせ観たってわからないだろうし。
役付きで踊っていたってわからないひとなんだから。
だから来なくていい、って言ったのに。
――どうして、いるの。
しかも真っ暗なのにサングラスなんかしちゃって。
一番後ろの扉の前。
腕を組んでじっとこちらを見て――
――え。
私はここにいるってわかって…る?
「胸に顔をうずめる」
ううん。まさかね。
まさかよ。
ジョーにわかるわけなんかない。
見分けがつくひとじゃないんだから。
ええそうよ、恋人なんだからわかるよなんていうのはドラマや映画のなかの話っていつも笑って言ってるわ。
実際、今まで色んなシーンで彼が私を見分けなければならないことがあったけれどいつも「たまたま」わかっただけで、愛情云々とは別問題。
そういうひとなのよ、ジョーは。
だから、こんな風に同じ格好で踊っている私がわかるはずない。
ただこちらのほうを見てるだけに決まってる。ね?動いたらもうわからなくなっちゃ――あら?
おかしいわ。
こちらを目で――追って、る?
あららら。
ジョー。
あなた、ジョーよね?
…ええ、ジョーだわ。間違いない。
やだわ、本当に私がここにいるってわかってるのかしら。
――ああもう。
いつもと違うことをされると気になるじゃない。
気が散るわ。
もう。
だめだめ、いけないわ。
集中しないと。
でも――どうして?
どうしてわかるの?
まさか、まさかの……愛があるからわかる、とか?
なーんて期待した私がバカでした。
舞台が終わって、劇場前で待っていたジョーと合流したら嬉々として教えてくれた。
私がどこにいるのかわかったわけを。こちらから訊くまでもなかった。
「凄いだろう?博士の発明さ。これをかけているとちゃんとわかるんだ。フランソワーズが」
「…ただのサングラスじゃないの?」
「違うんだな、これが」
嬉しそう。おもちゃをもらった子供ね。
「でもどうしてそんなものを?」
「うん?…そりゃ……」
ジョーはごにょごにょと何か呟くとふいっと横を向いた。
――まったくもう。
フランソワーズがどこにいてもわかるようになる訓練なんて、そんなの必要ないでしょう?
どうせ言うなら、愛のちからを強化する訓練とでも言ってみればいいのに。
私はジョーの手をぎゅっと握ると明るく言った。
「お腹すいちゃった。何か食べましょ」
「そうだな。張さんのところでも行くか」
「ね、そのサングラス見せて」
「だめ」
「どうして?」
「だめったら駄目だ」
「んもう、けちね」
後で聞いた話だけど、そのサングラスは私を見つけたらハートマークが表示されるようになっているらしい。
しかもピンク色で。
ジョーはそんな視界でずっと私の踊るのを観ていたのかと思うと、ちょっと笑えた。
……恥ずかしいわ。
でもそんな視界でも平気だったってそれってつまり、やっぱり「愛」よね?
「愛よね?ジョー」
「え、なにが」
「ウフフ、なんでもないわ」
きょとんとしているジョーをよそに、私はもたれていた彼の胸に顔を埋めた。