「幻聴?」
〜あなたとの距離、たった5秒〜

 

 

「危ないから、そこにいろよ?いいな、動くなよ」

 

風の向こうでジョーの声がする。
ともすればそのまま風に流されてしまいそうな。風速数メートルの風が吹く中で。

ジョーの姿は見えない。

私の力をもってしても見ることができないジョーの姿。

それもそのはず、私の目は今――機能していないのだから。
本当なら、声だってうまく聞き取れるわけがないのに、なぜかそうはならずジョーの声はちゃんと届いた。

――心で聞いているだけなのかもしれない。

ジョーがいてくれたらいいな、って思っているから、本当に彼がそこにいるかのように勝手に作り上げた幻影。幻聴。

 

でも。

 

「ジョー。あなたこそここへは来ないで」

か細い私の声は、簡単に風に流されて行ってしまう。ジョーには届かない。

「ここへ来ては――ダメ――」

耳元で響く風の音。
髪をめちゃくちゃにしている風に、私は意識が遠のき始めた。

 

「――フランソワーズ!」

 

不意に物凄く近いところで名を呼ばれた。
物凄く近いところ――耳元で。

「ジョー?」

 

どうして――

 

「動くなって言っただろ」

怒ったように言って、私の身体に手を回し――そして私は不可思議な無重力状態から解放された。

 

 

 

 

「もうっ、来ないでって言ったでしょ!」

 

地上にフランソワーズを降ろすと大音量で叱られた。
だけど、フランソワーズ――

「だけどじゃないわ。――もうっ。どうしてそう心配性なの!」
「だって危ないところだったじゃないか」
「平気よ。せっかく、これからだったのに」
「だけど、目隠しに耳栓なんてしなくてもいいのに」
「そうじゃないと全部見えちゃうし聞こえちゃうんだもの。非常時には勝手にスイッチが入っちゃうのよ。そんなのつまらないでしょう?」
「――つまらなくなんかないよ」

どうしてフランソワーズはわかってくれないんだ。
こんなの――到底僕には理解できない。

「ジョーもやってみたら?面白いわよ」
「イヤだ」

なんだって好き好んでこんな遊びをしなくちゃいけないんだ。
こんなの、絶対――元々は拷問の一種だったに違いないんだ。

「渓谷でバンジージャンプなんて面白いわけがないだろうっ」

ドルフィン号からジャンプするなんてどうかしてる。

「もう――面白いのに」

だけどフランソワーズ。きみ、僕を呼んだよね?
知らないふりしたって駄目だ。

僕にはしっかり聞こえたんだから。

「呼んでなんか、いないわよ」

小さな声で怒ったように言っても無駄だよ。
僕がいなくて心細かったくせに。

「そ――そんなことは」

ない。

かな?

 

どうなんだろう。

 

ね、フランソワーズ?