「はい、あーん」

 

 

 

「はい、あーん」


差し出されたスプーンを見て、そしてその差出人を見た。


「ほらジョー。口開けて」
「い、いいよ」
「駄目よ。栄養を摂らないと治らないわよ?」
「……別に。サイボーグだしそんなの関係ないよ」

ぶすっとして言うジョーにフランソワーズはため息をつくとスプーンを置いた。

「ジョー。そんな言い方良くないわ。博士だって言ってたじゃない。私たちはサイボーグだけどちゃんと食事をして栄養も摂らなきゃだめだ、って。脳は機械じゃないんだから」
「だけど実際、腕のパーツを交換すればいいだけの話だし」
「そのパーツが出来上がるのにいったい何日かかると思ってるの?それまで食事はどうするつもり?」
「――食べなくたって死なないよ」

フランソワーズは再びため息をついた。
今度は先ほどよりもやや大きく。ジョーにも聞こえるようにわざと。

 

先日のミッションでジョーが負傷した。
両腕を破損したのだった。
人間で言えば両前腕の複雑骨折及び粉砕骨折でありかなりの重症である。
それはサイボーグでも同じであった。
ただ、治療の方法が違うだけである。
つまり、手術をする代わりに――腕のパーツを交換するのだ。
簡単といえば簡単であり単純といえば単純な作業であった。

が、しかし。

生身ではないとはいえ、ロボットでもないのだ。
新しい腕に付け替えればすむという話でもない。
ちゃんと体内には循環オイルが流れているし、更には腕の巧緻性などの微調整とリハビリも必要である。
そして何より、まず部品を揃えるのが一苦労なのだった。
そのために博士は今、コズミ博士と研究室にこもっている。
機械の腕が完成するのに合わせてジョーの人工皮膚も作らなければならないし、そのほかにも爪やらなにやらともかく大変な作業に違いなかった。

けれども、新しい腕の完成を待っているだけの当のジョーは暇だった。
なんだかんだいっても、結局当人は待つことしかできないのだ。
しかも両腕が使えないから何もできない。
できることといったら、どうでもいいようなことをただただ考えることだけで、そのどうでもいいことというのは非常に暗い内容に傾きつつあり、病床にあるジョーの精神状態はすこぶる悪かった。


――腕をケガしたって、新しいのに交換するだけなんて本当に機械の体なんだな。


改めて実感した。
戦いの最中にネジを外されて使い物にならなくなりピンチに陥ったこともある。だからこういうことは初めてではないにも拘らず、ジョーの気持ちは沈んでいた。

 

「ジョー?」

暗い気持ちの淵にフランソワーズがいた。
のろのろと顔を上げるとちょっと怒っているみたいで目が険しかった。

「本当に何も食べないつもり?」
「……」
「そんなに機械になりたいなら、鼻から管をつっこんでオイルを流し込むわよ?」

別にそれでもいいやとなげやりな気持ちになった。
それに本当にそんなことはしないだろうという読みもある。
今は怒っているけれど、基本的にはフランソワーズは優しいのだ。そんなことをするわけがない。

ないのに。

彼女の手にはそれらしき透明な管が握られていた。

「えっ、フランソワーズちょっと待って」
「食べたくないんでしょう」
「え、でもだからって」
「だったら無理矢理栄養を摂ってもらうしかないじゃない」
「だから栄養なんか点滴だけでじゅうぶん…」
「ジョー!」

大きな声で怒鳴られて、ジョーの肩がびくんと揺れた。

「そんなに機械になりたいの!?」

フランソワーズの大きな瞳が一瞬揺れた。

「味覚を楽しめるのは人間だけなのよ?それを自ら放棄するなんて、…もう、知らないっ。ジョーのばかっ」


そしてメディカルルームにはジョーひとりが残された。

 

 

傍らに置かれたトレイのなかのスープが完全に冷めてしまった頃、ひとりの人物がやって来た。

「――頭は冷えたかね?」

ジョーが顔を上げるとそこには湯気をたてているスープを持った張々湖がいた。

「ケンカはよくないアルね。フランソワーズはあんさんの意識が戻るまでずっと寝ずに心配してたんだから。命に別状ないってわかったら、今度は別の心配をしてたね。ジョーはきっと落ち込むから、こういう時は温かくて美味しい食事をするとほっとするものよ、美味しいのを作ってね、って」

スープを置くと張々湖は腕を組んだ。

「ジョーはこういう味が好きなのよってつきっきりだったわサ。自分が食べるのを忘れるくらいにね」

 

 

張々湖が立ち去ってから、ジョーは傍らに置かれたスープをじっと見つめた。
食べよう――と思うけれど、それはできない相談だった。
腕も手も使えないのだから。


――ひとりでは何もできない。


自分は機械だ人間じゃないと落ち込むのはいい。

でも。

そうなってしまったのは自分だけではないのだ。
他に――8人、いる。

なのに自分ひとりが不幸のように思っていた。

フランソワーズの気持ちも考えずに。


――フランソワーズ。

 

ジョーはよろよろと立ち上がった。

フランソワーズを捜して、ちゃんと謝って、そして――自分は人間でいたいと伝えるために。

 

 


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