「口元、拭き拭き」
がぶり、という音が聞こえたような気がしてジョーは思わず身をすくめた。 敵とはいえ、少し――いや、かなり――気の毒である。 ジョーは敵の今の気持ちを慮り、同情にも似た思いでその光景を見つめていた。 ジョーははっと我に返ると脱兎のように駆け出した。
それから数分後。 敵の司令室を制圧したジョーの元にフランソワーズがやって来た。
「イヤね、もう」 ジョーの視線のことなのか、自分の先刻の「仕事」のことなのか、何を指す「イヤね」なのかジョーにはよくわからない。だから曖昧に頷いたのだけれども、口元を拭うフランソワーズの手の甲に赤いものが混じっていることに気がついて急に頭に血が昇った。 「フランソワーズ!」 突然の激高にフランソワーズはついていけない。 「な、なあに?どうしたの、急に――」 何を?と訊く間もなく顎を持ち上げられ、口を開けろと命令された。 「嫌よ、何なのよもう」 しかしジョーの顔は真剣だ。決してぶざけたりじゃれたりしているわけではない。 そして、大きく息をついた。 「よかった。ケガをしたわけじゃないんだね」 でも大丈夫みたいだ、良かったと笑顔を見せた。 そんな彼をフランソワーズはやや複雑な思いで見つめていた。 自分のことを心配してくれるのはうれしいけれど、今のこの場合、状況的に「敵が出血した」と考えるのが妥当だろう。何しろフランソワーズは渾身の力をこめて噛み付いたのだから。
フランソワーズがあれこれ考えているのを知ってか知らずか、目の前にある彼の顔は無邪気そのものであった。 「――ううん。なんでもないわ」 彼の手は自分の顎にかけられたままだ。 「えっ?!」 身を離そうとするジョーの首筋を抱き締める。
その後、しばらくして離れたふたりはお互いに少し恥ずかしそうに口元を拭った。
|