「――なんて言うと思ったら、大間違いよ!」

言いながら、フランソワーズは照明のスイッチをオンにしていた。
一瞬のうちに、煌々と照らされる室内。先ほどまでの闇は完全にどこかへ行ってしまった。

「・・・え。フランソワーズ?」

睨みつけるのも忘れ、きょとんと目を見開いているジョー。

「え、じゃないわよ、まったくもうっ!貸しなさいっ」

あっという間に部屋を横切ると、ジョーの面前に腰掛け、彼の手から包帯をもぎ取った。

「ダメじゃない。ちゃんと消毒しなくちゃ。それに――ああもう、何よこの巻き方!ゆるゆるじゃないの」
「ええと、・・・フランソワーズ?」

傍らに置いてある救急箱からオキシドールを取り出し、滅菌済みのパッケージに入っている綿球をピンセットでつかみ浸す。そしてそれをジョーの胸と腕の傷にあてる。それから、今度はイソジン液に浸した綿球を傷口にあて、そうしてから滅菌済みのパッケージにはいったガーゼを当ててテープで留めた。

「・・・あのさ、」
「――これでいいわ」

手早く包帯を巻き始めるフランソワーズにされるがままになっているジョー。

「ねえ、フランソワーズ」
「――はい、できた。これで完璧よ」

仕上がりに満足そうに頷き、救急箱のフタを閉じた。

「フランソワーズ」
「なあに?」
「その、せっかくだけど、これって・・・あんまり意味がないんじゃないかと思うんだ」
「あらどうして?」
「だって俺たちは人工皮膚だし。だから傷ができても感染なんてしないから、」
放っておいても勝手に治るだろう?

「あら。それなのにちゃっかり包帯を巻いていたひとは誰?」
「・・・それは」
きみから傷を隠そうと思って――とは言えない。そんな事を言ったらフランソワーズが怒るのは目に見えているのだ。
がしかし、包帯を巻いている方が目立つということには気付いていない。

「――まったく、もう。いい加減にしなさいね?あなたもジェットも」
「どうしてそこにジェットが出てくるんだ」

唇を尖らせ、不機嫌に言うジョーをちらりと見つめ、フランソワーズは次の瞬間、ジョーの両頬をむにっと引っ張った。

「反省し・な・さ・い」
「いてててて」
「子供っぽいと思わないの?」
「何が」

解放された頬を両手で撫でながら憮然としたまま答える。

「あんなことでケンカするなんて」
「ケンカなんてしてないよ」
「してたでしょう?だからこうしてケガしたんじゃないの」
「――フン」
「ジョー?」

そっぽを向く彼の耳を引っ張る。

「ちゃんとこっちを向きなさい」
「――うるさいなあ」
「いい?」

蒼い瞳が至近距離に迫る。怖い。

「ジェットがコーヒー牛乳を飲んだっていいでしょう?まだイチゴ牛乳が残ってるんだから。あなたはどっちでもいい人じゃないの」
「でも今日はコーヒー牛乳の気分だったんだ」

お風呂上りに飲むのは牛乳だった。特にジョーは、イチゴ牛乳やコーヒー牛乳などの甘いのが好きで、何かしら色のついた牛乳があればそれでいいのだった。だから、今日みたいにコーヒー牛乳にこだわる理由などないはずなのだ。

「仲良くお風呂に行ってると思ったら。上がった途端、競走しながらキッチンの冷蔵庫を開けるなんて子供みたいだわ」
「うるさいなあ。早いもん勝ちだったんだよ」
「だからって、お互いに加速まですることないでしょ?それに、コーヒー牛乳を巡って乱闘になるなんてみっともない」
「・・・なんで全部知ってるんだよ」
「忘れたの?私は千里眼よ?」

むっつりと黙り込むジョー。

「・・・全裸で取っ組み合いなんて、恥ずかしくないの?」
「誰も見てないよ」
「そうじゃないわ」

視線を逸らすジョーの顔を両手で包んで自分の方を向かせる。

「私たちは家族でしょう?ジェットもあなたも。兄弟みたいなものなんだから。仲がいいからケンカするのはわかるけど・・・」
「――家族?」
「そうよ。博士もいれて、10人家族よ。なのにこんなふうにケンカして、しかもそれを隠そうとするなんて悲しいわ」

ケンカのことを怒っているのではなかった。そうではなく、ジョーがケガをしたことを隠そうとしたのが許せなかった。

「内緒にしておくつもりだったの?ケガをしたこと」
「・・・・心配すると思って」

ぽつりと言ったジョーを抱き寄せる。

「バカね。私が心配すると困るの?――心配くらいさせてちょうだい」
「――ゴメン」

しばらくして、ジョーが不満そうな声で言った。

「そういえば、さっき俺たちは家族だって言ってたけど」
「ええ」
「それはちょっと困るな。兄妹だったら、こういうのってダメだろう?」

ちゅ、とフランソワーズの唇にキスをする。

「・・・バカね。私たちのはそういう意味の家族じゃないわ」
だから、こういうことをしてもいいのよ?

「え。それってどういう――」

フランソワーズの唇に阻まれ、最後まで言えなかった。

――本当に、バカなんだから。でも、そんなところも――好きよ。ジョー。