「恋は人を変えるのです」
「あの二人、変わったよなあ」 でも今はそれも消えたように明るくなった。ほんの少しではあるけれど。 ゆっくり育む恋愛をしている時間はあるのだろうか。 不憫だな、と呟く。 「そうだね」 たまには、恋に盲目になってもいいと思うよ。二人とも若いんだから。 君たちふたりぶんの闇くらい、僕たちが引き受ける。 そうだろう、ハインリヒ。 シーツを干すの干さないのと言い合っている若い二人に目を細め、僕らは少し笑った。 達観したり諦観するにはまだ早いとハインリヒが言う。 ・・・手ぐらい繋げばいいのに。 成長し終わった。もう変わらない。 それはつまり、もう恋はしないということだろうか。 少し、うらやましかった。
僕は誰に言うともなく呟いた。
返事をしたのは、読書しているものとばかり思っていたハインリヒだった。
「変わった・・・確かにな」
庭に出ている若い二人を目で追う。
洗濯物を干すつもりらしいけれど、どうにもじゃれあっているようにしか見えない。
「・・・フランソワーズは少し丸くなったかな。物事を俯瞰で見るようになったというか」
いつもどこか切羽詰まった感じだったフランソワーズ。肩肘張って無理している様子は見ていて痛々しかった。僕たち男性に負けるもんかと頑張っていたのだろう。
でも最近は、年相応の女の子のように明るく笑う。
「変わったのはジョーもそうさ。頑なだったのが今では全開の笑顔だ」
「ああ。それに・・・しっかりしてきたかな」
ジョーが今までしっかりしていなかったわけじゃない。
むしろしっかりしすぎていた。
人のことを思い遣る余裕がないような、どう接すればいいのかわからないというような。
だからわざと冷徹になっていた。
「恋をすると変わるっていうあれかな」
「さあね」
でも僕たちには束の間の休息しかない。
忘れるわけにはいかない戦いが待っている。
「・・・だからかなぁ、親展しないのって」
「うん?」
「あの二人のことさ」
「・・・ああ。なるほど。明日がわからないから、深入りしないようにセーブしているんだろう」
明るくじゃれている姿は見ているこちらも和んでくるけれど、根底にあるのは闇だ。
明るさの奥には運命に押し潰されそうな僕たちがいる。
でもさあ、ジョー。
だから何も憂うことはない。
「・・・そんなことを言われると急に年を取ったような気になるな」
「ピュンマ。お前だって、まだまだ若造なんだぞ」
「・・・そうかな」
「そうだ。そういうのは俺に任せておけばいい」
大騒ぎしてシーツを干し終わった二人は、並んでその出来栄えを見ている。
「恋をすると人は変わる。それは成長するという意味だ。あの二人はどんなふうに成長するんだろうな。俺はもう成長し終わっているから、若いのを見ているしかない」
「そ・・・」
そんなことないだろうと言いかけて、ハインリヒの恋人はとうにいないことを思い出した。
僕は言いさしたまま口を閉じた。
僕だってひとのことは言えない。
大切なひとが同じ運命を背負ってそばにいることの幸運を、あの二人はわかっているだろうか。
僕とハインリヒは黙ったまま若い二人を見守り続けた。