僕が独りで夜を過ごす事ができなくなったのは、いったいいつ頃からだっただろうか。 幼い頃からだろうか。 ともかく、僕は独りで夜を過ごせない。 夜を独りで過ごさないためには、誰かと一緒に居ることが必要だった。 僕は、単純に「誰かにそばに居て欲しい」だけだった。
僕は夜が怖い。 真っ黒い闇に独りでいるのには耐えられない。
きっと、置き去りにされ捨てられたのは夜だったのだろう。
少し大人になってからは、多少はマシになっていた。 独りになりたくないのなら、眠れないのなら――眠らなければいい。 盛り場をうろつき、悪い仲間と遊んで過ごした。 僕は誰にも望まれずに生を受けた「要らない子供」なのだから。 望まれてないのに――生まれてしまった。 そんな僕の存在が周りを不幸にしたのだろう。だから、捨てられた。 僕は生まれてきてはいけなかった。 生まれるべきではなかったのだ。
今でもそれは変わらない。 改造されて、ほんの少しだけマシになった。 僕は望まれずに生を受け、その結果放り出され、独りぼっちで生きてきた。 失うものは何も無い。 欲しいものは決して手に入らない。 だから、望まない。 そんな風に育ってきた僕にとって、大義名分のある死はもってこいだった。「平和を守るために戦って死んだ」という。
また――夜がくる。 幾千回も幾億回も繰り返された規則的な夜が、またやってくる。 漆黒の闇に包まれ、ベッドの端に座って僕は待った。 早く――早く、来い。 これ以上、独りで過ごす夜を――いたずらに増やすな。
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「ジョー?」 突然、背後から何かに襲われた。 何か――フランソワーズ。 「どうしたの。電気もつけないで」 僕の背後から首筋に腕を回し、耳元で囁く。 「――別に」 不審げに頷きつつも、僕から離れはしない。電気をつけることも、しない。 彼女の鼓動が背中から伝わってくる。 ――生きている。 温かい身体。自分と同じように機械が詰まっているとはにわかには信じられない。が、それは確かに事実だった。 しかし。 彼女は戦う機械なんかではなかった。 明るい笑顔。 「・・・ジョー?」 心配そうな、少し険を含んだような声が耳朶を打つ。 「――もう。駄目よ。独りで居るなんて」 僕の耳に頬を摺り寄せる。 「言ったでしょう?先に寝ちゃ嫌よ、って。電気が消えているから寝ちゃったのかと思ったわ」 軽く鼻を鳴らす。甘えるように。 「一緒に居るの、メンドクサイ?」 「・・・ジョーの好きにしていいのよ?」 彼女はいつも言う。 どうしてそう言えるのだろう? 僕と一緒に居るのが、どうやら苦ではないらしい彼女が不思議だった。 「・・・ジョーが好きだからに決まってるでしょ?」 まるで僕の心のなかを読んだかのように、彼女が言う。 「私が、ジョーのそばに居たいの。独りで居るのが嫌なの」 夜が怖いから。 僕と彼女は「改造された者同士」という共通点があった。だから、その痛みを分かち合うのは簡単な事だった。
望んでもいいのだろうか?
欲しがってもいいのだろうか?
そばに居て欲しいと。 独りにしないでくれと、すがっても――いいのだろうか?
いま一度拒否されたら、僕の世界は崩壊する。 ――そうだ。もしかしたら、彼女は僕だけにそう言っているのではないのかもしれない。僕が知らないだけで。 僕にだけそう言うのだという証拠はどこにもない。 信じていいのだろうか? 今まで、信じては裏切られてきた僕は――強がりの裏側に臆病な自分を隠してきた。何しろそれはとても脆くて、さらけ出したら最後、簡単に壊れてしまうのだから。 ほんのちょっとの言い訳でも。 ほんのちょっとの不信感でも。 ほんのちょっとの――仕草でも。 だから――怖い。
「――ジョー?聞こえてる?――寝ちゃったの?」 軽く背筋を伸ばし、僕の顔を覗き込む。 「ヤダもう。どうしてニヤニヤしているの?」 ニヤニヤ? そんな顔――してないぞ。 「ずるいわ。私にだけ告白させて、自分は黙っているつもりね?」 するりと解かれそうな彼女の腕を掴む。 「ホラ、また。・・・どうして笑ってるの?」 おでことおでこをくっつける。 「ジョーったら」
僕のそばには彼女が居る。 望んでも得られなかったものが手に入った時――諦めていた事が現実になった時。
僕はただ彼女の声を聞いていた。
――信じているだけでいいのかもしれない。 ただ、信じるだけで。 もう闇の中で独りになることはないのだと。
「・・・ひとりにしないでね?」 不安そうな声が響く。 「私はひとりじゃ眠れないんだから――知ってるでしょう?」
知ってるよ。
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