「君の好きなものについて詳しくなりたい」
〜お題もの「恋にありがちな20の出来事」より〜

 

「私の好きなもの?」

「うん」


振り返った先のジョーはひどく真剣な顔をしていたから、フランソワーズは黙って彼の前に座った。
テーブルを挟んでジョーと向き合う。
ジョーはテーブルの上で両手を組み合わせ、少し身を乗り出してフランソワーズを見つめた。

「僕はフランソワーズの好きなものについて詳しくなりたいんだ」
「どうしたの?急に」
「いや・・・別に理由はないけど」
「そう?」

本当は理由があるのだけど、それをフランソワーズに言うつもりはなかった。
有り難いことにフランソワーズはそれ以上追求する気はないようで、ジョーの質問を待つように背もたれによりかかった。

「ええと、その・・・フランソワーズの好きなものは何?」
「たくさんあるわ。ジャンルは何かしら」
「ジャンル・・・」

特に考えてなかったジョーは少しの間視線を虚空に彷徨わせた。

「ええと、そういうくくりは無しで・・・いま一番好きなものを言ってくれるかな」
「一番好きなもの」
「うん」
「いいの?言っても」
「うん」
「本当に?」
「う・・・」

頷こうとして、フランソワーズの目がいやに真剣なことに気付いてジョーは黙った。
なんだか様子が違うように思うのは気のせいだろうか。

「――いや。・・・そうだなぁ。じゃあ、20の質問形式にしてもいいかな」
「いいわよ」

20の質問。それは、イエスとノーの答えだけで正解を突き止めるというものである。

「それは生物?」
「イエス」
「性別はあるかな」
「イエス。あるわ」
「じゃあ・・・オス?」
「イエス」

生物。
とりあえずフランソワーズの好きなものは生きているもののようである。
が、範囲としてはまだまだ広い。あと17の質問で絞り込めるだろうか。

「空を飛べる?」
「ノー。飛べないわ」

では陸上のものだろうか。

「水の中で行動できる?」
「んー・・・できるといえばできるけど、できないといえばできないわ」
「駄目だよ。イエスかノーで答えてくれなくちゃわからないじゃないか」
「そうね。じゃあ・・・ノー」

どうやら陸上生物のようだ。

「背は高い?」
「何と比べて?」
「比較対象が必要なのか。――ええと、ギルモア邸と比べて」
「ノー。低いわ」
「言葉を話すかな?」
「イエス」
「二足歩行する?」
「イエス」

あと12問。

「それは・・・人間?」
「イエス」
「身近にいるひと?」
「イエス」

あと10問。

「僕の知っているひとかな」
「イエス」
「日本人?」
「うーん・・・まぁ、そうね。国籍という意味なら。イエス」

あと8問。
身近にいるひとで日本人。となると、それはジョーのことではないだろうか。
そう思ったけれど、いやでももしかしたら違う誰かのことなのかもしれないとジョーは頬を引き締めた。
フランソワーズは面白そうにそんなジョーを眺めている。

「フランソワーズはそのひとのことが好きなんだ?」
「あら、それって質問?」
「え?」
「だって、私の好きなものというのが大前提だったでしょう?」
「あっ・・・そうか。じゃあ、今のは無し」
「いいわよ」
「髪の色は黒いですか」
「ノー」
「じゃあ、目の色は黒いですか」
「ノー」

一般的な日本人ではないようだ。一般的な日本人ではないジョーはほっとしたのだけど、いやいやまだまだ安心できないぞと気を引き締めた。
なにしろ、現代の日本人は髪は染めているのが殆どだし、瞳にしたって茶色や焦げ茶色だっているのだ。

「じゃあ、・・・茶色?」
「そうね。イエス」

目の色が茶色の日本人男性。髪は黒くない。

――やっぱり自分だろうか。

「バレエを踊るひと?」
「ノー」

バレエ教室のひとではない。
ジョーはほっとした。いよいよ自分である可能性は高くなった。

「あと4問よ、ジョー。大丈夫?」
「うん。・・・じゃあ、次の質問。そのひとはフランソワーズのことが好き?」
「えっ・・・どうかしら」

途端、フランソワーズの顔が曇ったから、ジョーは驚いた。
自分はフランソワーズが好きである。それは当の本人も知っていることだ。
だから、フランソワーズが、自分が好かれているのか自信がないということは、つまり相手はジョーではないということにならないだろうか。

「――どうかしらじゃわからないよ」

地を這うような低い声。

「ん。そうね・・・じゃあ、ノー」

ノー?
フランソワーズの好きなひとはフランソワーズのことを好きではないというのか。

それは絶対に自分ではない。

ジョーの胸の奥に黒いものがわだかまった。

「そのひとは車を持ってる?」
「イエス」
「フランソワーズは乗ったことがある?」
「イエス」

あと1問になった。

フランソワーズの身近にいる日本人で、髪が黒くはなく、瞳は茶色い男性。バレエのひとではないけれど、フランソワーズはそのひとの車に乗ったことがある。しかし、そのひとはフランソワーズのことを好きではないらしい。

その人物とはいったい何者なのだろうか。

しかも、今までの質問を統合すると、どうやらジョーも知っている人物らしいのだ。


――誰だ。いったい。


「ジョー?最後の質問よ」
「ああ。・・・わかってる」

最後の質問。
この質問の後には「フランソワーズの好きなひと」を当てなければならない。そういうゲームだった。
しかし、ジョーにはさっぱりわからなかった。全く心当たりがない。ない上に、実は深く考えたくもなくなっていた。
フランソワーズが好きな男なんて考えたくもないし、いるのかどうかも知りたくなかった。いったいどうしてこんなことになってしまったんだろう。

そこまで考えて、ジョーははっと我に返った。

ちょっと待て。
そもそもこれは、フランソワーズの好きなものを詳しく知りたいというだけの話であって20の質問形式にしたのはただの流れだったはず。
別に「フランソワーズの好きなひと」を知りたいわけではないのだ。

「――やめた。もういいよ」
「あら、どうして?」
「だってフランソワーズは何だか教える気がないみたいだし」
「あるわよ、とっても。だから素直にこうして答えているんじゃない」
「それはそうだけど・・・」
「大体、私の好きなものを教えてって言い出したのはジョーのほうでしょ」
「――そうだけど」
「あと1問なんだから」
「・・・うん。そうなんだけど。でも」

別にフランソワーズの片思いの相手を知りたくはない。

「もう、いいんだ」

ジョーは諦観したように笑った。それはジョーのいつもの笑顔には違いなかったけれど、何かがフランソワーズの気に障った。

「ジョー」

フランソワーズは両手をテーブルについて身を乗り出した。

「そういう顔するの、やめてちょうだい」
「・・・そういう顔?」

そういう顔ってどんな顔だよ――と言いかけて、ジョーはフランソワーズが怒っているようででもどこか哀しそうな様子に口を閉ざした。

「――そういう、何もかも諦めたような顔で笑わないで」


――でも自分は、今までそうやって生きてきた。他の笑い方なんて知らない。


「もう1問残っているのに、どうして使わないの?」

それは、正解を知りたくはないからだ。

「――私に興味を持ってくれたと思ったのに」

黙ったままのジョーに大きく息をつくと、フランソワーズは再び椅子に座った。

――あなたはいつもそうだから、だから私は――

「・・・自信がないのよ」

「えっ?」

ポツリと言ったフランソワーズにジョーが顔を上げた。
フランソワーズは挑むように彼を見た。

「ジョーの意気地なし」
「・・・そうだね」
「だからそういう顔で笑わないで」
「・・・」

だったらどういう顔で笑えばいいというのだろう?

理不尽な要求をされているなと思いつつ、ジョーは笑いを引っ込めた。
改めてフランソワーズを見る。と、彼女は何かを待っているかのようだった。

「――フランソワーズ。いったい君は・・・」
「ジョー。いい?あと1問、残っているのよ。あなたにはその質問をする権利があって、私には答える義務がある」
「・・・いいよ、もう」
「駄目よ。始めたら最後までちゃんとやるの。途中で諦めるのなんて許さないわ」
「でもフランソワーズ」
「最後の質問、してちょうだい。答えるわ。――ちゃんと」

ジョーは黙ってフランソワーズを見た。
最後の質問。
これを言ったら、あとは答えを言わなくてはいけなくなる。

――言いたくない。フランソワーズが片思いしている相手のことなんか。


「ジョー。質問してちょうだい」

再度、促される。

「ジョー。ちゃんと答えるから。私の好きなもの」

好きなもの。
それは・・・好きなひと?

 

――ちゃんと答えるから。

 

フランソワーズの言い方が何か引っかかって、ジョーは口を開いた。
そして無意識に問うていた。

 

「・・・それは・・・僕?」

 

フランソワーズのイエスが聞こえたのは、ジョーが彼女に抱き締められた時だった。

ジョーはいま、彼女の好きなものに対して誰よりも詳しい男だった。