「指きり」

 

 

 

ちゃんと無事に戻ってこようねと約束した。


そんなミッションだった。

 

 

***

 

 

「約束よ、ジョー」


差し出されたのは右手の小指。
目の前のそれにジョーは少し驚いたようにまばたきをした。


「……なに、それ」
「指きりに決まってるでしょう」
「なんで」
「約束だから」
「約束ってどんな」
「――ん、もう!」

フランソワーズは膨れると行き場のない右手を下ろし、改めてジョーの手をとった。
そして小指と小指を絡めようとしたのだけれど。

「おい、なにするんだ」

思わぬジョーの抵抗に出会った。
ジョーはフランソワーズから手をもぎとると背中に回して隠してしまった。

「ちょっとジョー」
「いやだ、しないぞ指きりなんて」
「何言ってるのよ」
「絶対に嫌だ」
「いいじゃない、約束なんだから。約束には指きりがつきものでしょう」
「じゃあ約束もしないっ」

駄々っ子のようなジョー。
たかが「指きり」に何か嫌な思い出でもあるのだろうか。

「ふうん。破って針千本呑まされるのが嫌なのね」
「そうじゃないよっ」
「あら、そう?」
「針千本くらい呑めるさっ」
「……それって威張って言うことじゃないでしょう。約束を破る前提だもの」
「だから約束なんかしないって言ってるんだ」

堂々巡りである。

「……ジョー」

フランソワーズはため息をつくと、じっとジョーの瞳を見つめた。
褐色の瞳。
かすかに怯えたような影が見える――ような気がした。

「今度のミッションはお互いに別々の場所に行くのだもの。連絡も取れない。ここに戻るまでお互いの無事がわからないのよ。だから、ちゃんと無事に戻りましょうねって約束したいの。昨夜はいいよって言ったじゃない。どうして急に嫌がるの?」

ジョーは答えない。

「私はジョーが約束してくれないと安心できない。そばにいて見張ることができないんだもの。あなた絶対無茶しそうだし」
「……」
「ね?だから約束してくれないかしら」
「……」
「そうじゃないと私も行けないし、あなたも行かせられない。世界の平和なんてどうだっていいわ。ジョーがここに無事に戻るって約束してくれなければどうなったって関係ない」
「…そんなこと言ったら駄目だよ」
「あらどうして?ジョーがいなかったら何の意味もないでしょう。それともジョーはいいの?私がいない世界でも平和が守れれば」
「それは。――ずるいよ、フランソワーズ」

ジョーは諦めたように息をつくとフランソワーズを抱き寄せた。

「…そんなことあるわけないのに」
「だったら約束して」
「……粘るなぁ、きみは」
「だって怖いんだもの。帰ってきてあなたがいなかったら」
「――わかった。ちゃんと帰ってくる。無茶はしない」
「約束よ?」
「うん」
「じゃあ…指きり」
「それはしない」
「だってジョー」
「約束はした。指きりなんてしなくてもいい」
「…でも」
「嫌なんだよ。そういう風に誓うのって。形に見えないと駄目なのかい?約束ってそういうもんじゃないだろう?」
「…そうだけど」

しゅんとするフランソワーズを見て、ジョーは少しくらいなら譲歩してもいいかなと心が動きかけた。
フランソワーズがそれで喜ぶなら意に沿わない行為でもしてみてもいいではないか。それが男というものだ。

しかし。

約束を果たせなかったときは罰がある。だから守りましょうというのは違うと思うのだ。
それは子供の頃からずっとそう思ってきた。
脅されなければ守れない約束なら、最初からしないほうがいい。

だから。

「指きりなんてしなくても僕はちゃんとここに戻ってくる。フランソワーズ、きみもだよ?」


罰則なんて要らない。

ただ、誓うだけだ。

大事なひとに。


「約束するよ」

「…約束するわ、ジョー」


そうして二人は別々の地に向かったのだった。