「009」
「残念だったな、ここまでだ!」 横浜みなとみらいの巨大観覧車コスモロックは、突然戦闘の場となった。 *** 「あー、疲れた」 「・・・なんだよ」 ナインが投げ出していたジャケットをハンガーに掛けながら、スリーが振り向く。 「暴れすぎよ」 ナインはむうと唸った。 「派手に名乗ったりするし」 クローゼットの扉を閉めると、スリーはそのままその扉に寄りかかってナインを見つめた。 「・・・今日は違うでしょ?」 ナインは視線を天井からスリーに移した。 「違うって何が」 スリーはナインの視線を避けるように絨毯を見た。スイートルームに敷き詰められた絨毯はふかふかで、慣れないから歩きにくいな、なんて頭の片隅で思いながら。 「・・・今日は009じゃなくて、島村ジョーでしょう?」 意味がわからない。 「だから。――だって今日はデートなのに」 スリーが何を言いたいのかナインにはさっぱりわからなかった。 「フランソワーズ、あのさ」 ナインの声に被せるように話すスリー。 「今日はずっとジョーと一緒、って楽しみにしてたの。009じゃなくて、島村ジョーなんだ、って嬉しくて」 スリーが顔を上げてナインを見つめた。 「・・・009の時は、正義の味方でみんなのものだから。でも、島村ジョーの時は、私の――私だけのジョーなの。なのに、あっという間に009になっちゃうんだもの」 独り占めできなくなっちゃったでしょう、と小さく付け加える。 「いろいろ、放っておけないの、わかっているけど。でも、私も放っておかれるのは嫌」 そんなわけにはいかないよ。と言いかけて、ナインはスリーの様子に気が付いた。 「それに今日は、ずっと一緒にいるの楽しみにしてたのに」 ナインは立ち上がるとスリーの目の前に来た。 「・・・フランソワーズ」 ナインはそっとスリーの頬に手をかけると自分の方を向かせた。 「・・・ワガママだなぁ」 もちろん、ナインが常に009として自負しているのは今に始まった事ではない。 「今だけでいいから、009にはならないで」 スリーが言い終わらないうちにナインは唇を重ねていた。 ――今日の僕は、全部きみのものだよ。
「貴様っ・・・誰だ」
「僕かい?僕は、サイボーグ009だ!」
高らかに名乗ってジャンプし、敵を蹴散らす。
ソファに全体重を預けるように座り込む。頭は背もたれに預け、天井を向いている。
スリーはそんなナインを見てくすくす笑った。
「だって」
「暴れすぎ?」
「そうよ。もっと地味に片付けられたはずでしょう?」
「だって僕は009だ」
「そうよ。――そうだけど」
「うん?」
問うように片方の眉を上げる。
「・・・だって今日は」
みなとみらいにあるインターコンチネンタルホテルの21階。そのフロアの「ローラアシュレイ」で統一された特別室。前回、元町にデートした際にちょっとした出来事で手に入ったホテル宿泊券による手配だった。
チェックインした時にスリーは「かわいい」と大喜びしたものの、ナインは花とレースが溢れる乙女チックな部屋になんだか落ち着かなかった。
「うん?」
自分は常に009イコール島村ジョーのはずである。
「今日のデート、楽しみにしてたのよ」
こんなことは珍しかった。いつもはナインの言葉を遮るなんて絶対にしないのに。
「・・・どっちも僕だよ」
「わかってるわ。でもね」
「フランソワーズ」
「デートしている時くらいは、私のことだけ考えて欲しいの」
「でも僕は」
「いつも009じゃなくてもいいでしょう?」
「みんなの009なんて嫌。私と一緒の時は、私だけのジョーがいいの」
「・・・」
蒼い瞳が潤んでいる。
常に意識しているのは、彼の責任感からきているものであり、だからこそ彼はリーダーなのだった。
そしてそれは、スリーもじゅうぶんわかっていることでもあった。
しかし。
「・・・ワガママ」
ナインは嬉しそうに繰り返す。
スリーがこんな風に甘えてワガママを言うのが嬉しかった。
いつも毅然とした物分りの良い003のはずなのに。
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