「――おはよう」
明るい陽射しがカーテンを通して部屋に注いでいる。
実はもうとっくに目が覚めていたのだけど、どうしたらいいのかわからずスリーは身を固くしてじっと息を潜めていた。
ナインの腕が自分の前胸部を横切っていて。
その腕の重さと温かさと、すぐ耳元に感じるナインの寝息がくすぐったくて。
少しでも動いたら起こしてしまうし、何より、――どんな顔をすればいいのだろう?
そんなことをずっと考えてどのくらい経っただろうか。
胸の上の腕が動いて、隣のナインが身体を起こして。
そうして顔を覗きこまれ、照れくさそうに言われたのだった。
「お。おはよう・・・」
「眠れた?」
「え。う、ん」
「良かった」
微かに笑むと、ナインはスリーの額にちゅっとキスをひとつ。
「あ、ジョー、え、と」
「ん?」
「あの、」
こういう朝は――どうするのが普通なのだろうか。
スリーにはわからない。
ドラマや漫画ではよく――彼女がキッチンで朝食を作っていたように思う。
がしかし、それは彼が起きる前のことであって。
それに気付いた時はもう遅かった。
「ん?どうかした?」
すうっとナインの顔が引き締まる。
「気分でも悪い?」
「う、ううん」
「どこか痛む?」
「え。そ、そんなことないわ」
真剣な顔で心配されてしまうのが気恥ずかしい。昨夜のことが思い出され、スリーは頬が熱くなった。
「じゃあ、・・・?」
ほっと安心したようにナインの頬が緩んだ。
それを見て――スリーは何だか泣きたくなった。
昨日ずっと一緒にいても、夜になっても、一晩枕を共にしても、泣いたりなんてしなかったのに。
ナインの顔がぼやける。
「・・・フランソワーズ?」
「ごめんなさい。――なんでもないの」
「でも」
「違うの、そうじゃないの」
ナインが不安そうな顔になったのに気付き、慌てて否定する。
昨夜のことを後悔しているわけではないのだ。
そうではなくて。
「ヤダ、そうじゃないのに」
けれども涙は次から次へと湧いてきて、目尻を伝って耳元へ流れてゆく。
スリーはどうしたらいいのかわからず、両手でただごしごしと目をこすった。
「・・・フランソワーズ」
身体を起こしていたナインが再びベッドに沈み込む。
隣に身を横たえて、そしてそうっとスリーを抱き寄せた。
スリーの涙は止まらない。
ナインには何故彼女が泣いているのか――泣くのかわからない。
が、少なくとも後悔しているとか、朝になってびっくりしたとか、そういう意味ではないのだろう――と思った。そうではなくて、もっと違う何かが彼女を泣かせてしまったのだろう。
スリーもまた、なぜ泣いてしまったのか自分でもわかっていなかった。
ナインが嫌なわけではなく、もちろん後悔なんてしていない。
そうではなくて。
「そんなに目をこすったら駄目だよ」
ナインは優しく言うと彼女の手を顔の前から除けて、真っ赤になった目元を指先でそっと拭った。
そして鼻先にキスをすると、そのまま守るように抱き寄せた。
力づくではなく。
触れるか触れないかくらいの、それでも外界から彼女を守るように腕のなかに閉じ込める。
スリーはナインの肩に顔を埋めるとそのまま目を閉じた。
昨夜聞いたのと同じナインの鼓動がだんだん気持ちを落ち着かせていった。

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