ナインのお誕生日プレゼントの下見のお買い物に行ったあの日。
朝からナインがやってきて、あれこれ絡んで大変だった。
挙句の果てには後からついてきそうだったから、結局、ナインのお誕生日プレゼントの下見に行くんだって言う羽目になった。内緒だったのに。
するとナインは笑顔で、だったらついて行かないよって言ったのに、後を追いかけてきたから、つい――
「フランソワーズ!ちょっと待って」
「なあに?もう、バスが来ちゃうわ」
呼ばれても足を止めず、腕時計で時刻を確かめる私。
ナインはいつもだったら腕を掴んで強引に引き止めるところだったけれど、今日は無言で隣に並んだだけだった。そのまま一緒に坂を下ってゆく。
――いったい、なんだろう?買い物には行かないって言ってたくせに。
「――その、」
いつものナインらしくない。何だか言いにくそうに口ごもって。
・・・何を言うつもりなのかしら。
「・・・・僕の誕生日だけど」
ちらりと見たら、微かに頬を赤く染めていた。
「欲しいもの、決まったの?」
「うん」
「そう・・・じゃあ、参考にするから教えてくれる?」
「うん――その、」
でも後の言葉が続かない。
言いかけてやめるのなんて、普段のナインらしくない。いつも、ばしっと言うのに。
だから、ちょっとしたいたずら心がおきた。
いつもナインにいじめられてるから、ほんのちょっとのお返しのつもりで。
ナインだったら、絶対にすぐわかるだろう・・・って思ったから。
「あ、そうだわ。忘れてた」
「なに?」
「その日って私、予定があるの」
「――予定?」
「ええ。ずうっと前から決めていたから、空いてないの」
「・・・空いてない」
「ええ。もう、絶対にずらせない大事な予定なの」
「・・・・・・・・そうなんだ」
――あれ?
おかしいな。
言い方間違えたかしら。
だって、いつものナインだったら「そりゃそうだろう!僕の誕生日なんだからな」って言うはずなのに。
そうなんだ、って言ったきり黙り込んだナイン。
私はなんだか落ち着かなくなって、そうっと隣を見つめると、ナインは急に元気がなくなったみたいだった。
赤かった頬がすっかり落ち着いて、むしろ――怒っているみたいな険しいラインを描いていた。
「・・・あの、ジョー?」
「・・・」
早く言ってよ。
予定って何なんだい、って。いつもみたいに。
そうしたら、予定ってあなたの誕生日しかないでしょう、もうっ、嘘に決まってるじゃない。って笑うのに。
でもずうっと前から決めてたのは本当よ、って明るく言うのに。
どうして何にも言わないの?
お互いに無言のままバス停に着いた。
バスが来るまで、予定通りならあと5分。
改めてナインに向き合った。でも・・・ナインはこちらを見てくれない。
じっと地面を見つめ、爪先で何かを蹴っている。
「ねえ、ジョー。・・・どうかした?」
「――いや。別に」
一緒にいるのに、何だか気まずい感じだった。それは今朝からずっとそうだったけれども。
私は、本当は――ナインのお誕生日には、ずっと一緒に居られたらいいな、って思ってた。
私の時にそうおねだりしたみたいに、ナインも言ってくれたらいいな・・・って。
そうしたら、ナインの家でケーキを焼いたり、何か簡単に作ったりするつもりでもいた。お弁当でもいいけど、何かあったかいものの方がいいな、って。
でもナインのキッチンにはたぶんお料理の道具なんかないだろうから、あれこれ持っていかなくちゃいけないし、その準備も兼ねて、今日はお買い物するつもりでいた。
だから、ナインのお誕生日プレゼントの下見というのは、半分ほんとで半分嘘。
でも。
ナインが迷惑だったら、普通にプレゼントを買うしかなくて。
なんだか、恋人同士のはずなのに片思いみたいでちょっと悲しい。
「――そうか。予定があるんだ」
「ええ」
「――ふうん」
それだけ?
どんな予定なんだ、って訊かないの?
「・・・訊かないんだ?」
「えっ、何を?」
「予定って何?って」
「イヤ、――それは」
ナインはやっぱり自分の爪先しか見てなくて。
「・・・興味ないんだ。私のことなんて」
「ち、違うよっ、そうじゃない」
だったらどうして訊かないの?
訊いてくれないの?
「そうじゃなくて、――その。ちょっと・・・落ち込んでるから」
――え?
落ち込んでるって、・・・今?
「――そんな不思議そうな顔するなよな。僕だって落ち込むことくらいあるさ」
「んん、だけど・・・」
ナインは苦笑すると、私の頭にぽんと手を置いた。
子供にするみたいに撫でる。
「心配するな。大丈夫だから」
「でも」
「買い物、行くんだろう?」
「え・・・うん・・・」
「・・・僕のプレゼントなんて、本当に何でもいいから。あまり悩むなよ」
そうしてふいっと視線を逸らせた。
どうして落ち込んでいるのか教えてもくれない。
私なんかには話しても仕方ないって思っているのだろうか。
そう思うと悲しくなった。
そんなに私は――頼りにならない?
「――あ、ほら。バスが来た」
あと数分でここに止まるだろう。
でも――ナインをこのまま残していくのは、嫌だった。
だって、落ち込んでるって言ってるのに。
バスが停まる。
でも。
「ほら、フランソワーズ。行かないと」
「・・・」
私はナインを見て、バスを見て――
「すみません。行ってください」
運転手さんにそう告げた。
次のバスは30分後だった。
走り去るバス。
残された私とナイン。
「何で乗らないの。何か、忘れ物でもした?」
全く、どじだなあというナインの声はいつもの彼の声だった。
「だって」
「ん?」
「だって。・・・落ち込んでるんでしょう?」
見つめた先のナインはくすくす笑いを引っ込めて、一瞬、どこか痛そうに目を細めた。
「――大丈夫。心配するな」
「だけど」
「いいから」
「でも」
「平気平気」
平気――って。
「・・・平気じゃないでしょう?どうして何にも言ってくれないの?私ってジョーにとってそんなに頼りにならない?」
「えっ、そんなつもりじゃないよ」
「だって」
ナインは私の剣幕にちょっと驚いて、ええと困ったなと言いながら頭をかいて。
そして右を見て、左を見て、空を見て――爪先を見た。
「・・・だってさ。かっこ悪いだろ。誕生日に予定が入ってるって聞いて落ち込んでるなんて、さ」
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