私は凄く驚いて――咄嗟には何も言えなかった。 だって、 だって、 ――だって。
「でも――うん。いま、気持ちを整理したから大丈夫。外せない大事な予定なんだろう?ま、誕生日なんてものは毎年やってくるものだし、大したことないよな」 大事な予定、って言った時、ナインの頬がぴくんと痙攣するみたいに動いた。 「じゃ――気をつけて行けよ。僕はほら、ちゃんと帰るから」 片手を上げて。
ナイン。
ねえ。 大事な予定って何だ、って・・・訊いてくれないの?
私はただナインの後ろ姿をぼーっと見ていた。 そして。
考えるより先に、足が勝手に動いていた。 そうして、勝手に腕が動いて――ナインを捉まえていた。
「わっ。何だよ、フランソワーズ。驚くじゃないか」
今でも、大胆だったと思う。ナインに背中から抱きつくなんて。
「なに?どうしたの」 背中におしつけたおでこ。 「――なんだって?」 ナインは無理無理私の腕を解くと、正面から向き合った。 「・・・なんだって?フランソワーズ。もう一度言って」 私は恥ずかしいのか悲しいのか悔しいのか、自分の気持ちがぐちゃぐちゃだった。 すると、一瞬の間を置いてナインはくすくす笑い出した。
「――そんなの、最初っからわかってたよ!」
――えっ?
「まったく、素直じゃないんだからなぁ」
えっ、じゃあ、落ち込んでるって言ってたのは・・・?
「僕の真似をしようだなんて100万年早い」 「ずっ・・・ずるいわ、ジョー!!騙したのねっ」 ナインは大笑いして、そして私を胸に抱き締めた。ぎゅうっと。 「――バカだなぁ。自分で言って心配になるなら、言わなきゃいいのに」 だって。 いつも私ばかりがどきどきして、悔しかったんだもの。 「・・・フランソワーズ。プレゼントなんか要らないよ」
――え? それって・・・
「一緒にいたい」
ナインの顔を見ようとしたけれど、ナインの胸に押さえつけられて身動きがとれなかった。 ・・・でも。 平気そうな声と、どきんどきんって大きな胸の音がアンバランスで。
「――だめ?」
ちょっとためらうように訊かれた。
「ねえ、フランソワーズ」
ねだるような鼻にかかった声。 私は胸の奥が温かくなって、それが全身に広がってゆくのがわかった。 ナインの、おねだり。 ナインが私におねだりしてくれてるの。 一緒にいよう、って。 私は嬉しくて嬉しくて、でも、それが彼にわかってしまうのが恥ずかしくて。
声に出さずに小さく頷いた。 彼の腕のなかで。
ナインのお誕生日。
だって――ナインがそうして欲しい、っておねだりしたから。
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