「一緒にシャワー」

 

 

「だ。だめよ、だめ!」


スリーは必死の形相でドアを押さえた。


「なんでさ」
「なんでも!」

曇りガラスに写る肌色の影。
それを見て、スリーははっと身を離した。
こちらから見えるということは、同じように自分も向こうに見えているわけで……


「フランソワーズ」


懇願するような声にドアを押さえる力が緩んだが、それも一瞬だった。

「だめなの!お風呂はひとりで入るの!」

 

 

 

 


本当に驚いたのだ。
シャワーを浴びている時、そのドアにノックの音がしたときは。

なにしろ、さっきまで眠っていたベッドにはナインが熟睡していたはず。
自分はそれを確認して彼の腕から脱け出したのだから。

しかも、ノックの音だけではない。
彼は一緒にシャワーを浴びようと楽しげに言ったのだ。それも、気楽な感じで。

スリーは慌てた。
慌てたから、浴室のドアには鍵がついているということも忘れていた。

いや、それはわざとだろうか。
いくら何でも鍵をかけて彼を閉め出すほどの事ではない…そう思ったのかもしれない。無意識に。

しかし、今や頼みの綱であるドアはこちらに向かってたわんでいる。まもなく突破されるだろう。
ナインが009の力を出せば、こんなドアなど意味をなさない。


だからスリーは必死だった。

いくらベッドを共にしたからといって、自分の裸を見せるのは恥ずかしかったし、そういうのが平気になるのはもう少し先のはずだった。


だから、


「だめ、ジョー。お願い」


泣きそうになりながら言った。

普通の時だったら、あるいは大丈夫だったかもしれない。しかし、さっきシャワーを浴び始めた時に気付いてしまったのだ。
腕の内側と胸元に残る彼の痕跡に。
昨夜は気付かなかった。それどころじゃなかった。でも、朝の光のなかで見るそれは、昨夜のことをまざまざと思い出させ、落ち着かなくさせる。

どうにも恥ずかしいのだ。

だからそれを今、ナインに見せるわけにはいかなかった。
そんなことは恥ずかしすぎる。
それにきっと、それを見つけた時に自分がなにを思ったのか彼なら簡単に気付いてしまうだろう。
それはひどくプライベートなことであり、いくら相手がナインといっても知られたくなかった。
否――ナインだからこそ、知られたくないのだ。


「フランソワーズ。シャワーはひとつしかないんだよ。だから」
「じ、順番っ」
「やだなあ、僕が二番?もう全部脱いじゃったのにさ」
「嘘吐き!脱いだのは昨夜でしょう!」
「あはは、そうだったね。ずうっとなんにも着てないや」

笑い声の後に、微かな間。
そして、ドアにこめられていた力がふっと消えた。
どうしたのだろうと思った頃、いやに寂しげな小さな声が聞こえた。


「……わかった。そんなにイヤならしょうがない」

背中の流しっことかしたかったのになあ。
そうふざけたように言った声が震えていたようで、スリーは思わずドアを開けた。

ほんの数センチ。

「あの、ジョー?」

しかし。

ナインにとってはその数センチでじゅうぶんだった。
スリーが気付く前にドアに手をかけ、あっという間にバスルームに入っていた。

「いやっ、ジョー!」
「いやって何がイヤ?」
「だって、恥ずかし……」
「ん?」

必死に胸元を隠すように挙げられたスリーの両手。その手首を掴み、ナインは簡単に引き剥がした。スリーが隠そうと思っているところから。

「……やだもうっ」

スリーはぎゅっと目をつむった。恥ずかしくて息も出来ない。
ナインはどうしてこんな酷いことをするのだろう。

「恥ずかしいって、裸なのが?」

僕も裸だから一緒だよ?という声に首を振って答える。

「ううん」
「じゃあ何」

スリーは答えない。

ナインはじっとスリーを見た。

否。

スリーの胸元を。

そして目を上げて、自分が持ち上げている彼女の腕の内側を。

「……ああ、なんだ。これが恥ずかしかったのかい?」
「知らないっ、ジョーのばかっ」
「別に恥ずかしいことじゃないじゃないか。つけたのは僕なんだし」

「だからよっ」

「え?」

思わず目を開けてしまい、スリーはナインと目が合った。

「あ、」

まずった。
と、思ったときは遅かった。


瞬きみっつぶんの時間が過ぎた。


ふっとナインの黒い瞳が優しくなって、そして嬉しそうに笑った。

「……素直じゃないなあ」

そうしてナインは掴んでいた腕を離すと、スリーの頬にふんわりとくちづけた。

スリーは真っ赤になったまま、何もできなかった。なにしろ、おそらくナインには全部わかってしまったのだろうから。
彼のつけた痕を見付けて、恥ずかしいけれどなんだか幸せな気持ちになったことを。

ナインに愛された自分が嬉しくて、誇らしくて、でもちょっと恥ずかしくて。

イヤじゃない。

恥ずかしくない。

ただ、知られたくなかったのだ。
ナインのことが好きで好きで仕方がない自分の気持ちを。

 

 

 

 


「でもさ、知ってる?」

ふたり仲良くシャワーの下で熱い湯を浴びながら。
ナインの指先がスリーの背中をつつく。


「痕があるの、そこだけじゃないんだけど」

「!!」

 


 

 

そのあと、ナインはスリーにしっかりと痕をつけられた。

腕の目立つところに綺麗な歯形を。

 

 

 

 


「アニキ、どうしたんだいソレ」
「うん?」
「歯型のように見えるけど……」

スリーをギルモア邸まで送り、いつものようにコーヒーをごちそうになっていたナイン。
その彼の腕にくっきりと歯型があるのを目聡いセブンは指摘した。

「何に噛まれたんだい?」
「うーん……そうだなぁ……」

ちょうど部屋に入って来たスリーをちらりと見た。スリーはつんと顔をそむけ、ナインから一番遠い席に座った。

「なんだかニンゲンの歯型みたいに見えるよ?いったい誰に噛まれたんだい?」
「うーん……オンナノコかなあ」
「何か悪さしたんだろ、アニキ。ほどほどにしないとスリーに愛想つかされるよ」

にやにやするセブン。
ナインも負けじとニヤニヤした。

「そうだな。よく言っておくよ、噛みつくのはほどほどにしてくれ、ってね。そのほうがいいよな?フランソワーズ?」
「知りません!」
「なんでスリーに聞くんだい、アニキ?」

にやにやするナインときょとんとしているセブン。
少し離れてそっほを向いているスリー。その頬は真っ赤に染まっていた。

「知らないっ……ジョーのばか」

口のなかで小さく呟いた。